霊名は使徒職を表す?

 手前味噌ですが、今日9月3日は、わたくしの守護聖人である、聖グレゴリオ1世教皇教会博士の記念日=いわゆる霊名の祝日です。修道院や、伝統ある地域によっては、その人の誕生日よりも、霊名の祝日を大事にし、盛大に祝う習慣もあるようで、我が家でもそのようにしたいのですが、今日は、午後、教会で、教会委員会があり、その後、教会学校で、娘たちが勉強というハードスケジュールで、そそくさと夕飯を済ませて、このブログを書いています。
 ブログ仲間の何人かの方からも、お祝いのメッセージをいたいただきました。ホームページのプロフィールページに、「洗礼名」を書いたので、ご覧になって、お祝いをくださったようで、感謝!感謝!です。わたしくしの方は、皆さんに、同じように霊名の祝日にお祝いをお伝えできるかどうか不安でいっぱいです。

 ところで、霊名は、たとえとしてはよくないかもしれませんが、戒名のようなもので、戒名は死んでからつけますが、霊名は、キリストの死と復活にあやかる洗礼の時につけます。日本人には、あまりぴんとこないかもしれませんが、「クリスチャンネーム」といえば、多くの方は、「なるほど」と思われるでしょう。

 さて、わたくしが洗礼を受けたのは、高校を卒業した年の復活徹夜祭でしたが、洗礼の前に、今は司祭になった友人と、どのような霊名にするか、考えました。結局、この先、教会音楽を学んで行きたいということで、グレゴリオ聖歌の生みの親と伝えられている聖グレゴリオ1世教皇教会博士にしたというわけです。グレゴリオ1世については、現在のイギリスに、宣教団を送り、ローマに聖歌学校「スコラカントールム」を作り、現在グレゴリオ聖歌と呼ばれている=ローマ聖歌を整備したと言われていますが、後者について、現在の研究では、約100年後の同名の教皇、グレゴリオ2世によるもの、と考えられています。
 話しを少し戻しますが、わたくしの霊名を一緒に考えてくれた友人の霊名は「ダニエル」です。彼は、幼児洗礼(生まれて数ヶ月で洗礼を授かる)で、お父さんが司祭と相談して決めたそうですが、「ダニエル」が候補にあがると、お父さんか司祭か忘れましたが、「そうですね、ダニエル電池というのもありますね」と言ったそうで、当人は、大きくなってからそれを知ったのですが、当時、たいそう憤慨していました。ま、当然といえば当然でしょうか。

 この、霊名守護聖人ですが、別の友人に言わせると、霊名守護聖人の名前が、人生を決めるのだといいます。確かに、わたくしの場合、教会音楽はもちろんですが、神学部と神学研究科では、「典礼」が専門で、学友からは、「これは、典礼神学にかなうもの、彼に聞け」というような感じでした。今でも、小教区の典礼委員長をやって(やらされて)いますし(来年で任期が終わります)、なんといっても、皆さん、ご存知のように、教会音楽にどっぷりで生活しています。
 その友人の守護聖人は、聖ヨハネ・マリア・ビアンネ司祭で、司祭に叙階するまで長い年月を要し(試験に何度も落ちたといわれます)、司祭になってからも、僻地の小教区でしか司牧させてもらえなかったそうですが、彼から赦しの秘跡を受けて指導を仰ごうとする信徒が、全国各地から訪れ、その行列は、何キロにもおよんだといいます。彼は、青年会で一所懸命活動し、自腹を切っては、みんなのために走り回り、みんなの相談にのっていましたが、なかなか壮年の人たちから認めてもらえず、自分がこんなになったのは、霊名守護聖人の、ヨハネ・ビアンネに似たからだ、とよくこぼしていました。
 他にも、それまで散々悪いことをしてきたが、あるとき回心して洗礼を受けて、洗礼を授けてくれた司祭から、霊名パウロにしなさいと言われてそのとおりにして、結局、自分も司祭になったという人もいました。

 このようなことが、どれだけ普遍性があるのか、統計を取ったわけではありませんが、霊名守護聖人が、その人の信仰生活に影響を与えているというのは、あながち、間違いではないかもしれません。なぜなら、いつも、わたくしたち一人ひとりのために守護聖人は、神様の前で祈ってくださっているのですから。
 
 
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by omasico | 2005-09-03 21:27 | 祈り・聖歌  

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