祈りにならない!!

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 いやはや、なんとも驚きです。「今日の聖歌」の「洗礼者ヨハネの誕生の祭日」のコメントに、当日、普段弾いているオルガニストの代わりに弾く、という方から質問があり、その中に「ミサ中、典礼聖歌も、GBの音も、詩編唱も、ミサ曲1も、すべてプリンシパル4を重ねられます。音量は大で、強弱・急緩はなし。」という記述がありました。もし、この「オルガン」が、パイプなのか電気なのか分かりませんが、「すべてプリンシパル4を重ね」ると言うのには驚愕しました。栄光の賛歌感謝の賛歌なら、話は分かりますが、あわれみの賛歌平和の賛歌まで、いくら人数が多いか分かりませんが、このストップでは、祈りにならないのと違いますか?
 もっとも、この教会のオルガンがどのようなストップ仕様なのか分からないので、軽々しいことも言えませんが。でも、電気のデジタルオルガンなら、4’にフルートはあるでしょうし、パイプオルガンでも、ほかにやりようがあると思いますが。一番気になるのは「音量は大」、「急緩はなし」というところ。ま、パイプオルガンだと、音量についてはある程度仕方ないですが、最初から最後まで、同じ強さ、同じ速さではね。
 結局、この(普段弾いている)かたは、オルガンを弾いているときに、祈りと思って、皆さんがよく祈れるようにと思って、弾いているのかどうかですね。そのために、祈りのことばをどう、表現し、それには、どのように伴奏するか、考えているか?ということに尽きると思います。 
 教会の伝統には祈りの法則は信仰の法則ということわざがあります。オルガンの伴奏は聖歌の一部聖歌は祈りの一部信仰を深めようとするなら、祈りのことばが深まるように伴奏を深めて行くはずだと思うのですが。
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by omasico | 2007-06-07 11:45 | 祈り・聖歌  

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