カーニバル(謝肉祭)

 来週、18日(日)から21日(火)まで、リオデジャネイロで、その名が有名になったカーニバルが行われます。カーニバルは日本語で謝肉祭と言います。漢字で書くように、肉食に感謝するので、この名がつきました。原語のカーニバルの語源は、中世のラテン語 “carnem levare=肉を断つこと”と言われています。この、カーニバルが終わると、教会の典礼暦(=教会暦)は、復活祭を迎える準備の期間である四旬節に入ります。四旬節の間、キリストが40日間、荒れ野で祈って、悪魔の誘惑を退けられたことに倣い、キリスト信者は、やはり40日の間、断食をしたり、贅沢を避けて、主キリストの受難を思い、神にこころを向けなおします。また、復活徹夜祭に洗礼を受ける洗礼志願者ともこころを合わせて、ともに祈ります。
 四旬節の間、肉を断つのを前に、肉を食べられることに感謝するのが、この、カーニバルなのです。 
 しかし、実際の起源については諸説あり、異教の祭りや習慣も入り込んで、現在の形となったといわれています。
 カーニバルは、毎年、行われる月日が異なります。これは、このあとに来る四旬節が、復活祭の日取りによって始まる日が異なるからです。復活祭の日取りについては、またこのコーナーで、詳しく説明します。

 ところで、『聖書』をひもとくと、人間の肉食は最初から許されていたわけではありません。創世記1章29節では、「見よ、全地に生える、種を持つ草と種を持つ実をつける木を、すべてあなたたちに与えよう。それがあなたたちの食べ物となる。」と、神から創造されたばかりの人間には、植物だけが、食べ物として与えられました。
 その後、ノアの洪水のあと、初めて、「動いている命あるものは、すべてあなたたちの食料とするがよい」創世記9章3節)と、肉食が許されています。菜食主義の人たちの中には、この、創世記の箇所を根拠としている人もいるようです。
 実際のところ、人間の肉食がいつ頃から始まったのかは分かりませんが、人間の歯の形や内臓の様子からも、人間は元来は菜食だったようです。

 さて、話しを、カーニバルのあとの四旬節に話しを戻しましょう。伝統的に教会では、四旬節の間、肉を絶ちますが、ヨーロッパでも、昔から、誰でも、肉を食べられたわけではないと思います。
 ヨーロッパに、キリスト教が最初に広まった時代は、まだ、牧畜なども普及していたわけではありませんし、家畜が飼えるようになっても、それほど、たくさん、繁殖できたわけでもありません。今でこそ、安全な囲いの中で、豚も牛も羊も飼われていますが、昔は、狼に襲われる家畜も少なからずいたでしょう。さらに、この時期、冬から春先にかけて、家畜を屠殺してしまうと、次のシーズンに繁殖できなくなる、という、実際的な制限もあり、この時期の肉食は避けざるをえないという現実もあったようです。
 牧畜によって肉食が広まったとは言え、この時期の肉は、ほとんどが保存食ですから、香辛料が高価だった時代には、庶民の口には、なかなか肉は口に入らなかったのではないかと思います。ですから、実際に肉を断ったのは、王侯貴族教会の高位聖職者だったのではないかと考えるのは、わたくしのひがみだけではないと思うのですが、いかがでしょうか?

 いづれにしても、カーニバルというお祭り騒ぎは、息抜きとしては必要かもしれませんが、わたくしたちにとって一番大切なことは、いろいろな人の手を通してわたくしたちに生きるかてを与えてくださる神に感謝することではないかと思います。

 
 
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by omasico | 2007-02-14 18:24 | 祈り・聖歌  

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