「もったいない」から見ると

 不二家の事件は、相変わらず、問題を振りまいているようですが、今回のことで、ちょっと考えたことがあります。というのは、昔、そうですね、わたくしが子どもの頃、すなわち40年位前までは、賞味期限とか消費期限なんてものはなかったような気がするのです。牛乳でも、おにぎり(おむすび)でも、あるいは、生ものでも、日にちがたったら、臭いをかいでみて「これは腐っている」「これは大丈夫」「これは危ない」というふうに、つまり、人間のもつ本能、そして、経験と感で、判断していました。ところが、だんだんと、食品衛生に対してのマニュアルが厳しくなるというか、流通機構が複雑になるにつれて、そういったもの、経験と感が入り込む余地がなくなってきて、一律に、機械的に管理するようになって来ました。
 わたくしが、勤めているコンビニエンス・ストアーでも、賞味期限の2時間前を過ぎると、お弁当、菓子パン、おにぎり類は、レジではじかれてしまい、原則として廃棄されてしまいます。たとえば、賞味期限が○月○日19時というものは、その2時間前ですから 17時 には、売れなくなってしまいます。
 もちろん、安全のために考えてあるのですが、実は、ここに、ひとつ、大きな落とし穴があります。それは、たとえば、お客さんが、すぐに、食べようと、買おうとしたおにぎりでも、この時間に引っかかると、賞味期限内でも買うことができなくなってしまうのです。これは、おそらく、いろいろと調査をして、お客さんが、お店で買ってから、だいたい、どのくらいの時間で消費するかを調査した結果だとは思いますが、賞味期限内のもので、しかも、すぐに食べたかったとしても、買うことができません。反対に、賞味期限が午前11時のものを、販売制限になる前の、8時30分に買っても、食べるのが、13時 であれば、今度は、賞味期限切れのものを食べる、という、矛盾が起こるのです。もちろん、その場合、何かあっても、それは、買った人の自己責任ということにはなるのでしょうが。
 では、なぜ、このような矛盾が起こるかと言うと、もう、お分かりと思いますが、食べる時間とは、無関係に、賞味期限によって、一律に販売制限が設けられているからです。確かに、機械で、一律に管理をすれば、人間のミスによる間違いは、ほとんど起こる余地はありません。しかし、それによって、まだまだ、十分、食べられるものでも、捨てられていってしまうことになるのです。まさに、もったいないことをしているのです。
 今回の、不二家の工場の人たちも、もしかすると、
まだ、腐っていないし、使えるのだから、もったいない
と、思って、期限切れの牛乳を使ったかもしれません。もちろん、それは、今の日本の社会システムの中では、いけないことですが、見方を変えると、世界中で何億という人が餓えているという現実を考えると、まだまだ、食べられるものを捨てている、日本の社会システムに、実は、大きな問題があるのではないか、ということも、いえるのではないかと思います。もったいないという、視点から見ると、今回の不二家の事件は、経験と感という人間の本能を忘れてしまった、日本を象徴する出来事ではないかと思うのです。Excite エキサイト : 社会ニュース 
 
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by omasico | 2007-01-17 14:24 | グルメ・御酒  

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