レクチャー・コンサート

 8月6日、かねてかから従兄妹の思惑で、準備をしてきた、
「レクチャー・コンサート-BACH お話と演奏でつづる音楽の父バッハ」
の当日となりました。前日は、金曜日。普段どおり、同じ別荘地内にある(といっても車で10分の距離)両親のところで目覚めました。我が家には、ピアノがないので、従兄妹も、わたしのピアノを置いてある、両親の家に逗留中。いつものように、子供たちをせかしながら、朝食を取り、わたしと従姉妹は、8時10分に出発。まず上田に向かいます。
 上田のホテルに、昨日から、従兄妹の友人が来ているので、まず彼女を迎えに行きます。従兄妹とは。中学高校が一緒で、彼女は、フルートを吹き、コンピューターも操るなかなかの芸達者。車を走らせての感想は、山がいい、とのこと。普段、都会で仕事をしているので、自然にあこがれているのだそうです。
 上田から、車で、約15分、今回の会場である「信州国際音楽村」へ到着しました。まず、ホールの職員の方々にごあいさつ。早速、楽屋となる、1部屋に荷物を運び込みます。続いて、ホールで、ピアノの位置をチェック。従兄妹の友人は、照明を担当してくれるので、ホールの方と、三人で機材のあるブースへ上がります。この階段が壁に垂直につけられているはしご段。高所恐怖症のわたしにとっては、試験より苦手ですが、今日はそんなことも言ってられません。必死で階段を登り、ブースへ。開場時、レクチャー、コンサート、それぞれ照明のバランスを調整します。
 ピアノの演奏会の前に、しなくてはならないのが調律。ところが、時間を過ぎているのに、調律師が来ない。ホールの職員の方に尋ね、「確か、こちらで手配していただくようにお願いしたと思いますが?」と伺ったところ、「早速調べます」との弁。少しして「こちらの手違いで、手配していなかったので、すぐに、お願いして、来ていただきます。大変申し訳ありません」と、平身低頭されますし、過ぎたことは、致し方ありません。従兄妹が、12時半くらいには、調律が終わるように、との要望をし、すぐに着ていただけるとのことで、とりあえず事なきを得ました。
 それまでの間、従姉妹は、ピアノを練習。ただし、スタインウェイのフルコンサート。ピアノで、楽器も重いから、あまりやりすぎても疲れるため、程ほどに。従兄妹の友人は、照明のブースで、照明のチェックと、DATでの録音の準備。わたしは、受付やら、招待席の張り紙やら、開場の準備に奔走します。とにかく、お金も、後援も、スポンサーもなし、なしですから、主宰者兼弁士?も、自分の時間までは、裏方兼任です。
 準備がひと段落した頃、調律師の方が到着。調律をお願いして、われわれ三人は、近くのスーパーへ、プログラムのコピーと昼食の買出しに出かけました。ホールの中は涼しいものの、外は炎天下。車の冷房もフル稼働です。コピーも無事終え、お弁当を買って、楽屋へ戻り、早めのお昼にします。この後。わたしは、家族を迎えに、昇進の家まで往復。家族を乗せて音楽村へ、戻りました。 
 すでに1時。ちょうど調律が終わったところ。ピアノの位置が、調律師のアドバイスで変えられていて、レクチャーの時には、位置をずらさなければなりません。支払いを、従兄妹の友人に任せ、気の、早いお客さんが待つ中、受付を手伝ってくださる、「NCC」のメンバーと打ち合わせを済ませ。いよいよ楽屋で、着替えに入ります。会場のアナウンス嬢もいませんから、案内やら注意のアナウンスも担当します。
 いよいよ2時。まだ、駆け込みで来るお客さんもいらっしゃるので、少し時間を押して、いよいよ開演です。
 なるべく
難しくないように、緊張しないように

と冗談も交えたつもりでしたが、「源の頼朝の13歳のときのしゃれこうべ」以外はあまり芳しい反応がなく、「ちょっと難しかったかな?」と、困惑することしきりでした。従姉妹には、「」と言ったものの、結局、予定より8分オーバーの48分にレクチャーが終了しました。
 後半の従兄妹の演奏
「INVENTIONEN UND SINFONIEN インベンションとシンフォニア」
も滞りなく終わりました。着替えと、ホールの片付け、売り上げの精算、残りの支払いを済ませ、隣の喫茶店で、お茶を飲んで、ようやく落ち着きました。
夕食兼打ち上げは、従兄妹の母=叔母が駅の前の >『若菜館』という、有名なうなぎ屋さんでお振る舞いをしてくださいました。「遠慮しなくていいよ」ということで、
 白焼き、肝焼き、うまき卵、馬刺しの握り
 普段、なかなか口にできないご馳走に、舌鼓を打ちました。

 感想ですか?
 「こんな打ち上げなら、月に2~3回あったらいいですね」
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by omasico | 2005-08-08 07:20 | 交友・親類  

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