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濱尾文郎枢機卿帰天

皆様、すでに、ご存知のことと思いますが、前横浜教区長で枢機卿の、濱尾文郎司教が8日帰天されました。M
 わたくしも、入門式を司式していただいたりして、大変、お世話になりました。今は、神の前で、大いなる喜びのうちに、過ごされていると思います。
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by omasico | 2007-11-10 18:20 | 交友・親類  

サンタ・ルチア

 今の、学校の音楽では、分かりませんが、わたくしの、確か、中学のとき「サンタ・ルチア」という歌が教科書に載っており、最後の繰り返しの「サンター・ルーチーアー、サンター・ルチーアー」というフレーズだけ、今でもよく覚えています。で、今日の話題は、この「サンタ・ルチア」についてですが、歌のことではありません。 実は、今日12月13日は、この「サンタ・ルチア」ことルチアおとめ殉教者の記念日なのです。
 「サンタ・ルチア」、「サンタ」は、「サンタクロース」=ニコラオスと同じく、聖人の「」を表しています。ですから、「サンタ・ルチア」は日本語で、聖ルチアとなります。ルチアはラテン語で、”-a ”は女性名詞の語尾、すなわち、女性の名前です。日本では、あまり知られていませんが、この聖ルチア、シチリアやイタリアではとても有名な聖人です。彼女は、もともと、シチリア島の貴族の生まれと言われ、全財産を貧しい人に施し、汚れないおとめとして、暮らしていましたが、ローマ皇帝ディオクレティアヌスの時代、おそらく 304年に、生まれ故郷のシチリア島のシラクサで殉教したと伝えられています。古代教会では、殉教者は大切にされ、とりわけ、おとめは格別で、彼女の殉教した12月13日は、彼女の天の国での誕生日として、全教会に広まりました。また、この日=12月13日が旧暦(ユリウス暦)で、冬至だったことや、彼女の名前がおとめの輝かしい生き方があいまって、聖ルチアは、天の光をもたらす聖女とされるようになりました。  
 聖ルチアの祝日である今日、12月13日は、世の光キリストの降誕を先取る、「ルミナリエ」として祝われるのです。
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by omasico | 2006-12-13 16:36 | 祈り・聖歌  

サンタの日

 クリスマスと言うと、その降誕を祝うはずのイエス・キリストよりも、サンタクロースのほうが主人公になってしまっています。しかし、本当のサンタクロースの日は12月24日ではなく、12月6日なのです、と言ったら皆さんは驚かれるでしょうか?実は、サンタクロースには実在のモデルがいるのです。 
 その人の本名は聖ニコラオス(ニコラウス)4世紀にリュキァのミュラ=現在のトルコのデムレと言う町の司教(教会の責任者)でした。実は、聖ニコラオスについてのはっきりした記録はなく、その頃、ローマ皇帝コンスタンティヌスによって招集され、キリスト教の重要な教理を決定した「ニカイア(ニケア)公会議」の出席リストに名前が記されている以外に、確かなことは知られていません。しかし。聖ニコラオスについてはその後、数多くの伝説が残され、特に有名なものが、貧しい貴族の娘たちのために、こっそりと金貨を靴下の中に投げ入れ、そのお金で三人とも無事、しあわせに結婚ができた、と言うもので、サンタクローズがプレゼントを靴下の中に入れてゆくというのは、ここに起源があると言われています。その他にも、水夫を難破から救ったり、基金のときに穀物を人々に与えたり、と人々をさまざまな危険から 救ってくれる聖人とされています。 日本やアメリカでは、トナカイのそりに乗ったサンタクローズが一般的ですが、「みずかっちぇ」さんのブログの写真にもあるように、ヨーロッパの聖ニコラオスは、本来の司教のいでたちで、やってきます。今でも、ヨーロッパ各地では、この12月6日(前夜祭は12月5日)聖ニコラオスのお祝いをしています。ちなみに、各国、それぞれ、その土地の悪霊を従えたり、お供をともなっているのも特徴です。 トナカイのそりに乗ったサンタクロースは、19世紀にドイツの画家が描いたのが始まりです。その後、サンタクロースは、北欧の雪深い国に住むようになりましたが、本来のサンタクロースである聖ニコラオスは、ギリシャの生まれで、12月6日にお祝いをすることを覚えておいていただければと思います。 
 ちなみに「サンタクロース」は、オランダ語で聖ニコラオスを意味する、「シンタクラウス」が、アメリカへ渡った移民の間でなまったものだそうです。  
 すべての人の父である神よ、あなたのいつくしみを求めて祈ります。司教 聖ニコラオの取次ぎを願う わたしたちが、すべての危険から守られ、救いの道を歩むことができますように。  
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by omasico | 2005-12-05 07:08 | 祈り・聖歌