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もし地震が起きたら

 4月から、月、1~2回の割合で、東京に行くようになり、今まで、気にしなかったニュースに関心を持つようになりました。
 最初は、岡山で起きた、ホームからの突き落とし事件。ホームで電車を待つときも、座れなくても、絶対にホームの端に立つことをやめました。
 もう一つ、考えさせられるのが地震!中国でおきた大地震から、いくつかのことを考えるようになりました。もちろん、皆さんも、関西や東海で地震が起きたら、という想定で被害がどうなる、というニュースを御覧になったかもしれません。ただ、こういうものは、何人死亡したりとか、どれくらいの額の損害があるとか、意外と、地震でわたしたちが被る本当の被害が知らされないように思います。
 たとえば、夕方の帰宅時間に首都直下型の大地震が起こったとしましょう。高層ビルのエレベーターは軒並み、停止します。もちろん、渋滞している道路では、車が、そのままで止まることになりますし、電車もストップします。エレベーターに閉じ込められた人たちを救出しようとしても、東京消防庁の全職員は18000人、警視庁の職員も43000人弱、もちろん、このなかには、いわゆる幹部や事務方がいますから、多く見積もっても、現場で動ける人は、約8割となるでしょうし、全員が勤務についているわけではありませんから、即応できるのは、6割程度と考えるのが妥当でしょうか。つまり、東京消防庁と警視庁と合わせ、多く見積もっても、即応できるのは37000人と言うことになります。
 では、この人たちがすぐに、現場に急行できるかと言えば、恐らく、混雑した道路に止まった車両で、消防車、救急車、警察車両、がスムースに現場に行けるかと言えば、恐らく、ほとんど無理でしょう。また、エレベーターに閉じ込められた人以外にも、さまざまなところで、救助要請がきます。もちろん、自衛隊も、協力してくれる、他道府県の応援もあるでしょうが、それらの人たちが到着するまでには、相当の時間がかかるでしょうし、乗り捨てられた車両が障害となって、そう、簡単に、首都圏に入ることはできないでしょう。
 さて、ここで、何が問題になるかというと、それは、排泄です。
 阪神淡路大震災のときにも、先の中国の大地震の時にも、女性のこの問題が大変なことだという報道がありました。
 地震で、水道や電気のインフラがストップした場合、高層ビルでは、水をくみ上げることができず、水洗トイレはあってなきものとなります。また、水道管や下水道間が破損すれば、トイレは普段どおりに使えないことになります。仮設トイレも、道路が封鎖されれば設置できませんから、使えるトイレの数は、恐らく、たかが知れた状況となるでしょう。
 加えて、エレベーターなどに、長時間閉じ込められた人たちは、さらに、苦痛を強いられることになります。電車や車からは、すぐに脱出できますが、高層ビルのエレベーターなど、自力で簡単に脱出できないところでは、尿意・便意をもよおしても、駆け込むことができません。
 そして、一番、考えなければならないのは、下水道管が破損した場合、そこから、汚物を含んだ汚水が、あふれかねないと言うことです。
 もし、そういうことになれば、その汚水の汚染をどうやって、防ぐのか?閉じ込められた人たちの排泄はどうするのか?
 今回の地震で考えたのは、実はこういうことでした。
 さて、皆さんは、この問題どう考えますか?< 
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by omasico | 2008-05-21 18:49 | 危機管理  

おふくろさん騒動

 このところ、森進一さんの歌った「おふくろさん」の歌詞が、勝手に改変されたということで、作詞家の川内康範さんが、森さんの歌唱を禁止するように、日本音楽著作権協会(JASRAC)に届けたとのことですね。ま、ポピュラー音楽の世界では、歌=歌い手、というイメージが強いので、これで、もう、森さんは「おふくろさん」を歌えなくなるのでは?と、森進一ファンの方は、心配しているかもしれません。
 でも、クラシックの世界から見ると、実は、こういうことは、ほとんどありえないことなんですよね。たとえば、クラシックの場合、ベートーヴェンの第九交響曲を例にとっても、誰か一人の指揮者で、ある特定のオーケストラの演奏でしか、演奏されないということはありえないのですよ。カラヤンが指揮しても、佐渡裕が指揮しても良いわけです。これは、現代曲でも同じで、わたくしの同級生の松下耕の合唱曲でも、別に、松下自身が指揮しなければ、歌っちゃいけないということはありません。
 ま、初演の委嘱ということで、初演だけはこの団体にこの人にということはありますが、それは初演だけの話で、次からは、きちんと、演奏のときに著作権料を払えば、だれが演奏しても、かまわないのです。
 そういう、意味で言えば、「おふくろさん」だって、別に、森進一さんじゃなくても、郷ひろみさんでも、杉良太郎さんでも、あるいは、田原俊彦さんでも、だれが歌ってもかまわないと思うのです。
 結局、今回のことは、歌詞の著作権人格権の問題が、作者と特定の歌い手の間でこじれたということで、ま、これを機会に、他の人が、「おふくろさん」を歌ってもいいんじゃないかと、わたくしは思います。歌い手だって、いつまでも生きているわけではないのですから、もし、この曲を何百年も歌い継ぐのなら、いろいろな人が、いろいろな形で歌っていったほうが、意味があるように思います。
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by omasico | 2007-03-05 14:29 | 音楽・オルガン  

行方不明になっためがね

 昨年の9月、「典礼聖歌アンサンブル」のCD収録に行った帰り、大阪から東京まで急行「銀河」のB寝台に乗り、東京からは「あさま」で帰ってきたのですが、上田についてみると、普段用のめがねがなくなっているのに気がつきました。運転用のめがねは、車の中においておいたので、運転できなくなることはありませんでしたし、運転用のめがねのほうが、しっかりしているので、かまわないのですが、とにかく、遺失物として探してみることにしました。
 数日後、長野教会の聖歌隊の練習に行った折、長野の駅にある、案内所で、検索してもらったのですが、東京にも長野にも上がっていないとのことでした。人のめがねをもっていってもしょうがないとは思うのですが、いまだもって、どこへ行ったのか分からない、このめがね。「落とし主が現れない」のではなく、本当に遺失物になってしまった、行方が分からなくなっためがねとなりました。
落とし主が現れない電車の忘れ物のゆくえ | Excite エキサイト
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by omasico | 2007-02-20 16:57 | 旅行・鉄道・趣味  

「もったいない」から見ると

 不二家の事件は、相変わらず、問題を振りまいているようですが、今回のことで、ちょっと考えたことがあります。というのは、昔、そうですね、わたくしが子どもの頃、すなわち40年位前までは、賞味期限とか消費期限なんてものはなかったような気がするのです。牛乳でも、おにぎり(おむすび)でも、あるいは、生ものでも、日にちがたったら、臭いをかいでみて「これは腐っている」「これは大丈夫」「これは危ない」というふうに、つまり、人間のもつ本能、そして、経験と感で、判断していました。ところが、だんだんと、食品衛生に対してのマニュアルが厳しくなるというか、流通機構が複雑になるにつれて、そういったもの、経験と感が入り込む余地がなくなってきて、一律に、機械的に管理するようになって来ました。
 わたくしが、勤めているコンビニエンス・ストアーでも、賞味期限の2時間前を過ぎると、お弁当、菓子パン、おにぎり類は、レジではじかれてしまい、原則として廃棄されてしまいます。たとえば、賞味期限が○月○日19時というものは、その2時間前ですから 17時 には、売れなくなってしまいます。
 もちろん、安全のために考えてあるのですが、実は、ここに、ひとつ、大きな落とし穴があります。それは、たとえば、お客さんが、すぐに、食べようと、買おうとしたおにぎりでも、この時間に引っかかると、賞味期限内でも買うことができなくなってしまうのです。これは、おそらく、いろいろと調査をして、お客さんが、お店で買ってから、だいたい、どのくらいの時間で消費するかを調査した結果だとは思いますが、賞味期限内のもので、しかも、すぐに食べたかったとしても、買うことができません。反対に、賞味期限が午前11時のものを、販売制限になる前の、8時30分に買っても、食べるのが、13時 であれば、今度は、賞味期限切れのものを食べる、という、矛盾が起こるのです。もちろん、その場合、何かあっても、それは、買った人の自己責任ということにはなるのでしょうが。
 では、なぜ、このような矛盾が起こるかと言うと、もう、お分かりと思いますが、食べる時間とは、無関係に、賞味期限によって、一律に販売制限が設けられているからです。確かに、機械で、一律に管理をすれば、人間のミスによる間違いは、ほとんど起こる余地はありません。しかし、それによって、まだまだ、十分、食べられるものでも、捨てられていってしまうことになるのです。まさに、もったいないことをしているのです。
 今回の、不二家の工場の人たちも、もしかすると、
まだ、腐っていないし、使えるのだから、もったいない
と、思って、期限切れの牛乳を使ったかもしれません。もちろん、それは、今の日本の社会システムの中では、いけないことですが、見方を変えると、世界中で何億という人が餓えているという現実を考えると、まだまだ、食べられるものを捨てている、日本の社会システムに、実は、大きな問題があるのではないか、ということも、いえるのではないかと思います。もったいないという、視点から見ると、今回の不二家の事件は、経験と感という人間の本能を忘れてしまった、日本を象徴する出来事ではないかと思うのです。Excite エキサイト : 社会ニュース 
 
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by omasico | 2007-01-17 14:24 | グルメ・御酒