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白鳥見物

 今日は、先日の「さえずり」にも書いたように、長女のクラスメートのMちゃんを誘って、安曇野市にある豊科の白鳥湖に、白鳥を見にで出かけました。
 前日は両親宅へ泊まったので、9:15に出発。Mちゃんのおうちの美容室に、Mちゃんを迎えに行って、いざ出発。三才山トンネルを通り、約1時間で、豊科の白鳥湖に到着しました。さすがに、土曜日とあって、県外からも、家族連れがたくさん訪れていました。
 豊科の白鳥湖では、豊科白鳥の会のかたがたが、毎日、ボランティアで、飛来した白鳥の数を数え、朝、昼、夕方の三回、えさを与えています。
 ちなみに今日、1月28日白鳥の数は ↓ でした。2318羽
 
 さて、子どもたちの今日の一番の楽しみ白鳥餌付けですが、その餌付けの時間は12時30分。まだ、1時間半以上あるので、少し早いものの、近くのロイヤルホストでお昼を食べることにしました。長女とMちゃんは「海老マカロニグラタン」を食べました。
 お昼も終わって、再び、豊科白鳥湖へ。やはり餌付けの時間とあって、人も車もいっぱいです。いよいよ12時半になり、豊科白鳥の会のかたがたが、犀川に入り、まず、米などをまきます。中には、えさをまく前に、えさの入ったバケツに入って独り占めする、ちゃっかりした鴨もいました。
 その後、ギャラリーの観光客が、細かく切ってある食パンを、白鳥たちに与えることができます。わが、三人娘も、待ってましたとばかりに、えさを与えていました。先週も訪れたというご婦人の話では「先週はもっとたくさんいましたよ」とのことでした。それほど多くない白鳥と、たくさん見に来た観光客と比べて、「白鳥と人とどちらが多いかな」というと、ロープの外から見ていた人も、「そうだね!」といって笑っていました。ちなみに、二女は、最後に、勢い余って、足を川に入れてしまい、帰りは、おんぶとなってしまいました。

 白鳥湖白鳥たちに別れを告げて、近くの豊科インターから長野自動車道に入り、麻績おみインターまで一区間走り、修那羅峠しょ な ら とうげ を越え、青木から塩田野を通って帰りました。久しぶりのお出かけで、しかも、仲良しと一緒ということで、長女もMちゃんも喜んでいたようです。

 で、この、白鳥の写真は、来週にも、「さえずり」のほうにアップしたいと思います。でも、その前にデジタルカメラの画像を、CDに入れないといけないのですが。 
 
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by omasico | 2006-01-28 17:02 | 四季折々  

寒さの中でのオルガン

 毎週木曜日は、9時30分から上田教会聖歌奉仕グループNCCの練習があります。その様子は「聖歌 練習日記」に、書いていますが、二女を幼稚園に送って行くときから、すでに、その準備が始まります。それはこの時期、特に顕著で、まず、一番最初に行うことが、聖堂のストーヴのスウィッチを入れることです。普段、二女の登園前のお祈りのときは、時間も短いので、ストーヴなしで済ませますが、聖歌の練習の時はそうはいきません。で、何よりも、教会の建物が、安普請で、断熱材が入っていないモルタルなので、この時期は、外よりも寒いくらいなのです。
 というわけで、練習の30分以上前にストーヴのスウィッチを入れても、ようやく練習開始の時に暖まるという塩梅なのです。

 で、安普請とは言え、二階のギャラリーまで入れても、200人も入ればいっぱいの、聖堂ですらこの寒さですから、ヨーロッパの大きな聖堂では、いかばかりかと思います。今でこそ、性能のよいストーヴもあろうかと思いますが、考えてみれば、100年前には、石油はもちろん、電気、ガスなども、十分に供給されていたわけではありませんから、聖堂など、暖房など入っていないのが当たり前、だったのではないかと思います。
 ですから、19世紀以前のミサや礼拝は、ストーヴも入っていない聖堂・礼拝堂で、行っていたと想像するだけで、全く頭が下がります
 
 そこで、思い出すのが、J.S.Bach です。彼は、教会の聖歌隊を指導していただけではなく、オルガンの名手として有名で、決められた礼拝での指揮や、オルガンの奏楽を行うことはもちろん、興が向くと、ふいご職人を頼んで、夜中でも、教会のオルガンを弾きに行ったそうです。春から秋にかけては、まだ、夜中でも、昼間の暖かさが残っていたでしょうが、真冬の寒さの中でのオルガンの奏楽・練習は大変なことだったでしょう。
 聖堂・礼拝堂寒いのはもちろんですが、オルガンの鍵盤やストップも冷たくなっていますから、いくら手を暖めていても、ものの5分とたたないうちに、かじかんできたことと思います。また、いくら着込んで、体全体を動かすとはいえ、今のように、電気ストーヴはもちろん、携帯の使い捨てカイロなどない時代です。すぐに体も冷えてしまったことでしょう。そんな中でのオルガンの奏楽・練習を、J.S.Bach は、寒さはもちろんのこと、何の労苦・辛さも感じずに行っていたのでしょうか?

 そんなJ.S.Bachのことを考えただけで、ストーヴをつけるのがちょっと遅かったから寒いとか、ストーヴが強くて暑過ぎるなんて文句を言うのは、贅沢なことのように思えてきます。
 でも、風邪をひいて寝込んでも困りますから、やはり、現代に生きるわたしたちは、ストーヴにきちんと頼ることにしましょうか。

 

 
 

 

 
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by omasico | 2006-01-27 06:19 | 音楽・オルガン  

おおましこ=画像アップ

 過日、このブログでおおましこの画像をアップしたいことを、書きましたが、ようやく「omasico のさえずり」にアップしました。実は、この『年代記』にアップしたかったのですが、ネガフィルムからCDにした画像が、どれも、500KBよりも大きく、結局、この『年代記』には、アップすることができませんでした。で、実際の画像をご覧になる場合は、上の「さえずり」をクリックしていただくと、別ウィンドウで、「さえずり」が出てきます。その、一番下に、「最新の画像」という欄があるので、さらに、その中の、写真の下をクリックすると、そのページが表示されます。

 そのおおましこですが、学名を " Carpodacus roseus " といいます。"Carpodacus”は「むさぼる」、 "roseus”は「ばら色の」という、ラテン語です(動植物の学名は、今でも、ラテン語を用います)。学名どおり、えさを食べるときは、本当に、むさぼるように=えさ台に置いた、ひまわりの種を、くちばしで噛み砕くようにして=食べます。両親の家のえさ台に、来ていたときには、多いときで、一度に20~30羽がやってきて=さらに、シメ、アトり、シジュウカラ、ヤマガラなども来るので=ひまわりの種があっという間になくなっていました。

 おおましこは、白鳥などと同様に、夏はシベリアで繁殖し、冬になると、日本にやってきます。あまり目立つところには現れず、山の中に閉じこもるらしく、日本では幻の鳥とも言われ、「おおましこがいた」、という情報が流れると、野鳥ファンがカメラを持って押しかけるところもあるそうです。我が家でも、このときには、県内の野鳥の会のかたがたや、遠くは、東京、埼玉の野鳥ファンやカメラマンの方々が、大勢、訪れましたし、テレビ局も一社、取材にやってきました。

 残念ながら、この数年は、ほとんど姿を見かけることがなく、毎年、こころまちにしています。
  • このところ、この別荘地も、定住する人が増えたので、来にくくなったのか?
  • この数年、暖冬傾向が続いたので、あまり南下してこないのか?
  • はたまた、雪が少ないのが気に入らないのか?
 本当の理由はおおましこたちに聞いてみなければ分かりませんが。

 今年も、姿を見せなかったおおましこですが、せめて、画像でだけでも、ご覧いただきたいと思い、アップした次第です。実を言うと、「さえずり」も、ブログを閉鎖しようかと思っていたのですが、これだけ、容量のある画像をアップできるのは、ここだけなので、閉鎖しないで、よかったと思っています。

 この画像を知って、ぜひとも、来シーズンはおおましこ姿を見せてほしいものです。

 

 
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by omasico | 2006-01-22 15:29  

誕生日(小テレジア)

 今日は、長女の8歳の誕生日です。この春で、小学校3年生。思えば早いものです。
 長女は、故あって、家内が通っている、東京の病院で生まれました。予定日は、16日だったのですが、3日ほど遅い出産でした。わたしくしは、こちら(長野)の両親の家にいて、当日深夜、家内の母から、「これから病院へ行く」という知らせを受け、とりあえずこころの準備をしておきました。わたくしが知っている人の出産談では、入院後、出産までかなりの時間があったので、お昼頃新幹線で、上京すればよいだろうと思っていたら、4時半ごろ「無事生まれました」との電話があり、やおら準備を始めました。

 5時ごろ、一番の新幹線に乗るために、両親と家を出ました。この、4日前、15日には、大雪が降り、もし、予定日どおりだったら、行けないところだったので、皆で「生まれる時からとっても親孝行だね」といったものです。で、その大雪の影響で、道路は、凍り付いていて、前をチェーンを巻いたトラックがそろそろと走るので、上田に着くまで、1時間近くかかりました。

 とは言え、無事に1番の新幹線に乗って東京へ、8時30頃には、家内の病室へ着き、その後、長女と対面しました。生まれたときから、髪の毛がふさふさしていて、目鼻立ちもはっきりした子でした。
 
 家内は、わけあって薬を毎日服用しているので、長女を取り上げた看護師さんは、まず、「手足が、きちんと揃っているかどうか」確かめたそうです。その、不安も払拭するように、長女はどこも異常なく、その後もすくすくと育ちました。

 もう一つ、小さい頃の、思い出があり、まだ、二女が生まれる前、1~2歳の頃は、よく、『典礼聖歌』のカセットテープを車の中で、かけていました。かけないで走っていると、よく「アーメン。ちゃい(=ください)」といって、テープをかけるようにせがんだものです。今は、反抗する気持ちもあって、あまり、まじめに歌いませんが、何かの時には、きちんと歌えます。音楽も、天才肌ではありませんが、努力すれば、そこそこはできそうです。

 これからも、一日一日、神さまからあずかった、長女を、神が望まれる本来あるべき姿へと成長させることができるように、わたくしたちも祈り育てて行きたいと思っています。

 
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by omasico | 2006-01-19 08:06 | omasicoプライベート  

おたや祭り

 今回から、画像をアップしたかったのですが、前回に書いた理由で、まだ、画像をアップできないでいます。

 さて、14日と15日は、古町にある「豊受社」の祭礼である、おたや祭がありました。最初の予定は、14日の午後に行くつもりだったのですが、この日は、午後から、かなりの雨になってしまい、結局あきらめました。
 15日、ミサが終わり、掃除当番も済ませてから、そそくさと町へ戻り、駐車場になっている、「国保依田窪病院」の駐車場へ車を止めて、出かけました。普段は、狭いながらも、バスが通っている通りが通行止めになり、天気がよいこともあって、さながら歩行者天国で、まるで銀座か原宿かという感じです。道の片側には屋台が所狭しと並びました。
 肝心の「豊受社」は、厄除けのお払いの行列がすごく、見に行くのはやめました。ま、普段から行けるところなので、無理することもないのですが。

 で、おなかもすいたので、子どもたちはまず「たこ焼きを食べたい」というので、屋台で「たこ焼き」を買いました。といっても、人込みの中で食べるわけにはゆきませんので、手ごろな、仮設屋台食堂に入りました。ここで、さらに、「焼きそば」「うどん」「豚汁」「甘酒」「ジュース」それぞれ二つずつ注文しましたが、結構込んでいるので、注文をとりに来るまで、なかなか時間がかかって待ちくたびれてしまいました。

 食べ終わってから、各町内会の山車を見たのですが、子どもたちは、山車を見るよりも、屋台のおもちゃの方が、おもしろく、おもちゃ屋やゲームの屋台ばかりに気が行ってしまいます。結局、紐を引っ張って、商品を当てるゲームや、くじ引きをしましたが、ま、お決まりどおりに、ほしいものはもちろん、たいしたものも当たりませんでした。「綿菓子」も食べたかったようですが、何しろ、一つ500円ですから、お小遣いもなくなり、あきらめることになりました。とにかく、お祭りの屋台は、値段が高いことが、なんともしがたいものです。

 ひととおり、歩き回って、お財布の中身も、気力も使い果たしたので、1時過ぎには車に戻り、帰宅しました。ま、普段は、なかなか、行けないお祭りに行けて子どもたちも満足そうでしたし、わたしたちも、普段は車で素通りする、町の中をゆっくりと歩くことができました。
 おたや祭りの様子は、いずれ町のホームページにアップされると思いますので、ご覧ください。ちなみに、おたや祭り、日曜・祭日に関係なく、毎年、1月14日と15日に行われます。

 
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by omasico | 2006-01-16 19:30 | omasicoプライベート  

画像アップ

 正月に家内の実家に行ったとき、家内の父から、デジタルカメラを譲り受けました。家内の父は、実は、あるフィルムメーカーの取締役を勤め、現在は引退しています。現役時代は、デジタルカメラの開発も担当していました。
 さて、このデジタルカメラも旧式なのですが、十分、撮影することができます。で、これで、「パソコンにも画像をアップできるぞ!」と思ったのですが、説明書を見てみると、画像をアップするためのCD-ROMがありません。で、あえなく画像をアップするのをあきらめましたが、これで、断念するのも、悔しいので、これから、CD-ROMを手に入れる(家内に実家から送ってもらう)か、ダウンロードできないかどうか、調べてみます。
 
 ところで、どこのブログも、結構、閲覧者が少なく、固定されているのは、やはり、画像をアップしていないのにも原因があるのかな?と思ったりもします。ほとんどのブログが、画像をアップしていますから、やはり、見た目も必要なんでしょうね。ホームページも文字ばっかりですから、こちらも、もう一工夫する必要があるのかもしれません。

 デジタルカメラで撮った画像もアップしたいのですが、それよりも、アップしたいのは、おおましこの画像です。ネガフィルムで、撮影したものも、CD-ROMに書き写すことができるので、そろそろ、以前、写したおおましこの画像を、アップしようかと思っています。やはりホームページのどこかにしましょうかね。画像をアップしたら、大々的に宣伝しますので、また見てください!

 
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by omasico | 2006-01-14 15:19 | omasicoプライベート  

おそくなりましたが...

 大変遅くなりましたが
あけましておめでとうございます
 1日の神の母聖マリアの祭日のミサのあと、茅ヶ崎の家内の実家に行きました。久しぶりに新幹線で行きましたが、元日の、しかも、臨時とあって、8号車の指定席に乗ったのはわたしたち家族だけ。東京まで貸切状態で行き、娘たちは、大喜びでした。で、この、正月の様子をすべて書くと、7日間かかるので、とりあえず、かいつまんで、お話したいと思います。
 元日=お昼過ぎに家内の実家に着き、家内の両親と二人の弟家族と新年のあいさつ。子どもたちは、さながら、いとこ幼稚園で、仲良く遊んでいました。
 2日=曇りから小雨の中、箱根駅伝の往路を観戦に。ルートに当たる、海岸の国道は、子どもの足でも徒歩10分のところなのです。午後は、いとこたち総出で、平塚のショッピングセンターへ。男の子は「虫キング」、女の子は「ラブ&ベリー」のゲームに夢中でした。わが娘たちは、このゲーム初挑戦。そのあと、家内の両親から、遅いクリスマスプレゼントを買ってもらいました。
 3日=わが家族だけでの外出。最初に箱根駅伝の復路を観戦。その後、駅近くのデニーズ「茅ヶ崎一国店」で昼食。ここは、禁煙店なので、タバコの煙に弱いわたしにとっては、大変ありがたいお店です。上田のデニーズ禁煙店になるとうれしいのですが。その後は、JUSCOで買い物をして帰りました。
 4日=家内と娘たちは、家内の両親と一緒に、大磯プリンスのプールへ。わたしは、茅ヶ崎教会のYさんと落ち合い、23日に入ったばかりの「ロジャース」のオルガンの試し弾き。お昼をご馳走になり、夕方5時まで弾いていましたが、寒い中で弾いていたので、次の日にきました。
 5日=午前中、娘たちは家内の両親に連れられて「ふたりはプリキュア」の映画を見に、午後、家内は母と買い物に。わたくしは、2時近くから具合が悪くなり始め、午後から夜まで、寝込みました。最高体温38度6分。といっても、7日は、長野教会の聖歌隊の仕事があるので、それには間に合わないといけません。熱が下がるように祈るとともに、気力で下げる決意を固めます。
 6日=いよいよ、帰る日です。昨晩の祈り気力の甲斐あって、熱も下がり、本調子ではありませんが、帰れそうです。11時近くに、家内の両親、そして湘南茅ヶ崎に別れを告げ、東京から再び新幹線に乗り上田へ。軽井沢で久しぶりに雪を見た娘たちは、雪があるいつもの風景にいたく感動していました。
 この日は、わたくしの両親の家に泊まり、4句日は長野教会の聖歌隊の練習で、我が家に戻ってみると、家の中は冷蔵庫より寒く、温度を上げるために、ストーブの総力を結集しました。で、このパソコンを使ったのも1週間ぶりということで、メールやブログのチェックも、まだまだ、ままなりません。今年は、この『年代記』が初ブログ。明日から、更新が山積みです。
 では、皆様、今年もどうぞよろしくお願いいたします!
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by omasico | 2006-01-08 18:19 | omasicoプライベート