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今日から待降節(祈り・聖歌)

 教会の典礼暦は、今日が新年。というわけで一足早く
本年もよろしくお願い申し上げます!

 降誕祭の4週前の主日(日曜日)から待降節(Advent)が始まりますが、その最初の主日から、教会の暦は新しい年に入ります。
 今年は、主の年=西暦を3で割ると2余るので、福音朗読では、基本的に「マルコによる福音書」が朗読されるB年です。ちなみに、昨年度は、主の年=西暦を3で割ると1余ったので、「マタイによる福音書」が朗読されたA年、2007年は、主の年=西暦を3で割ると割り切れるので、「ルカによる福音書」が朗読されるC年となります。

 ところで、我が家では、就寝の前に必ず「聖母賛歌」を歌って、聖母マリアへの祈りとしています。25日の金曜の夜までは、
371「しあわせなかたマリア」
でしたが、待降節第1主日の前晩の26日から、この「聖母賛歌」
372「救い主を育てた母」
に変わりました。この歌は、「ガブリエルからことばを受けた」という歌詞などから、「寝る前の祈り」の結びの「聖母賛歌」として、待降節第1主日の前晩から主の奉献の祝日まで歌われていました。第二バチカン公会議後、この規定はなくなりましたが、我が家では、毎年、この時期、就寝前に歌うようにしています。

 今日のミサの「派遣の歌」も、この372「救い主を育てた母」
を歌いました。
 「入祭の歌」301「天よ露をしたたらせ」
 どちらも、ラテン語の時代から歌い継がれてきた待降節(Advent)にふさわしい歌で、これらの歌がミサで歌われると、「ああ、今年も待降節(Advent)がやってきたな。」と感慨深くなります。どちらも、ニ長調でゆったりと歌われ、静かながらも、輝いた雰囲気をかもし出して祈られます。解説については、ホームページに解説を書いていますので、参考してください。また、「典礼聖歌アンサンブル」からでている『待降節・降誕節の聖歌』のCDに収録されています。こちらは、在庫がわずかですので、お早めにどうぞ

 最後は、宣伝になってしまいましたが、そのついでにもう一つ。わたくしがプロバイダーとして使わせていただいている、Plalaがこのたび、Broach(ブローチ)というブログサービスをはじめます。で、そこで、季節や時期にふさわしい、キリスト教の話題などを書いてゆきたいと思います。ただ、まだ試行段階で4000人限定で、開設できたらですが.....。ま、請うご期待というところです。
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by omasico | 2005-11-27 16:13 | 祈り・聖歌  

『神とともにある生活』(新刊紹介)

 以前、わたくしの友人で、神学部の先輩である、宮越俊光氏の『早わかりキリスト教』を紹介しましたが、11月30日付で、やはり、神学部の大学院の先輩で、神学博士の石井祥裕氏による新刊
『神とともにある生活』
が、パピルスあいから発売されます。そこで、この新刊について、ご紹介したいと思います。

 この『神とともにある生活』は、「カトリック生活」(ドンボスコ社)に連載された記事を中心に、そのほかの記事も加えてまとめられたものです(あとがきより)。石井氏は、一貫して、信徒・会衆の一人としての立場から、典礼を単に儀式・祭儀ではなく、生活に密着させたもの、著者のことばを用いれば、「ライフスタイルとしてのキリスト教」「キリスト教を生活の様式としてとらえ」ようとしています。
 本来、キリスト教=信仰生活は、神学的な議論や法的規定が先にあったわけではありません。氏が指摘しているように、「教会の実践は、神学上の議論よりもはるかに広く、かつ、生きたものなのです。ある実践形態が神学や典礼上の問題として浮かび上がるかどうかは、教会の置かれた状況によっているのです」(同書51ページ)。
 
 PART1は「入信のミステリー-キリスト者となるプロセス」を、イエスの洗礼にまで遡り、古代教会の実践なども十分に考察し、洗礼-堅信-聖体という入信の三秘跡を、いかに共同体として豊かな体験にするかを主眼にとらえています。
 PART2の「神の民のまつり-一年のめぐりの中で」は、氏が研究課題ともされている、聖書朗読に焦点を当てながら、教会の典礼暦を振り返り、オーストリア留学中の体験も踏まえて、典礼を生活に密着したものにできるかを考えています。
 PART3「展望-キリスト教の未来を開くために」は、本書のまとめというよりも、氏の研究と実践の集約とも言うべきもので、過去二千年の教会と典礼を反省し、これからの教会と典礼への助言となっています。

 第二バチカン公会議以後の典礼については、とかく解釈が分かれますが、氏も冒頭で書かれているように、「以前は信者が儀式の主要部分を担うことが少なかったものを、信者が積極的に分担し、参加するという、教会の歴史からすれば、本来の形に立ち返った、共同体的な礼拝行為の正確を明確化したところに特徴があります。」この『神とともにある生活』は、平易な文章で書かれ、一項目も短いものですが、『聖書』と古代教会の資料に基づいた=それはまた、教会の歴史と伝統の本質に遡り、反省し、踏まえており、教会の典礼の実践の歴史の豊かさと深さを伝えてくれています。
 前教皇ヨハネ・パウロ二世の広島での『平和アピール』に「過去をふり返ることは将来に対する責任を担うことです」という一句があります。これからの典礼を考えるとき、この数百年の出来事や、現代の法的規制にだけとらわれると、教会の典礼の伝統の本質を見失う恐れがあります。教会の実践と伝統の本質である、『聖書』と古代教会の歴史までを振り返ることこそ、典礼をわたしたちの生活そのものにするためにもっとも大切なことです。
 その意味でも、教会の実践と伝統の本質である、『聖書』と古代教会の歴史から典礼を省察した、この『神とともにある生活』は、典礼・信仰を生活そのものにするための、よい道案内をしてくれる座右の書ということができます。

 
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by omasico | 2005-11-26 16:56 | 全ブログ共通  

風呂敷(2)

 先に、風呂敷の効能について書きましたが、今回はその二回目です。
 このところ、スーパーに行っても、風呂敷を使うことが多くなりました。ついつい、マイバッグを忘れることが多いからです。けっこう目立つものかと思っていましたが、それほど声をかけてくる人もいませんから、目立つ存在ではないのかもしれません。
 もう一つ風呂敷の便利なところは、小さくたたんでかばんの小さなポケットに入ることです。マイバッグだと、かなり一所懸命たたんでも、かばんの小ポケットには入りませんし、レジ袋も結構かさばりますし、角がとがったものを入れると、すぐに破れてしまいます。その点風呂敷は小さく折りたためますし、簡単には破れませんから何度も使うことができます。
 ぜひ皆さんも風呂敷をかばんに忍ばせて、必要なときに使うと、ですよ。

 ところで、前回、信州での風呂敷の独特な使い方についてクイズを出しましたが、その答えです。正解は
結納の前に、女性の家に行き、風呂敷を出すことで
「娘さんを風呂敷に包んでいただきたい」
とプロポーズをします。相手のご両親が風呂敷を受け取ったら無事婚約成立ということになります。
 これは、主に北信の習慣だそうです。現在でも行われているかどうかはわかりませんが、かなり近年でも、行われていた記録があります。
 ということで、
男性からの結納前のプロポーズの道具
が正解でした。

 わたくしの風呂敷は残念ながら、普通にしか使っていません。
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by omasico | 2005-11-22 19:22 | omasicoプライベート  

新旧交代(鉄道)

 『聖歌 練習日記』にも書きましたが、20日の主日に、茅ヶ崎教会の聖歌隊の練習に呼ばれて、茅ヶ崎まで日帰りをしました。上田6:13発、朝1番の「あさま500号」に乗り東京へ向かいます。家族で家内の実家に出かけるときは、ほとんど、車なので、新幹線東海道線は久しぶりです。いつも聖歌隊のお世話をしてくださるYさんにも、家内の実家の義母からも、前日から泊まってもOKとは言われていたのですが、前日には教会学校があったり、結婚式のパーティーに呼ばれたりで、夜が間にあわず、日帰りとなりました。
 もう一つ、日帰りにした理由があって、土曜と日曜に限って、上田を6時代に出る新幹線限定で、破格の値段で東京近郊フリーで往復できる、「東京週末フリーキップ」があり、このグリーン車用でも、通常の普通車自由席で往復するよりも安いので、これを使ったからです。
 
 さて、長野新幹線グリーン車も、それほど居心地は良くないものの、普通車とはやはり雲泥の差で、かなり楽でした。東京からは10分の接続で東海道線に乗り換えて、約1時間で茅ヶ崎ですが、今回は、これが驚き!だったのです。
 東海道線といえば以前は、113系が主流でしたが、今回のくだり「熱海」行きは、最新のE231系で、すれ違う上りも113系を見たのは1回だけで、残りは、すべてE231系211系だったのです。以前は、というか、数年前まで東海道線だけではなく、横須賀線、総武快速線113系以外はないくらいでしたが、この何年かで、一気に置き換えられています。
 それでもYさんの話によると、まだ、半分くらいは113系が走っているとのことですが、来年の2月までには、すべてE231系に置き換えられるそうです。考えてみれば、新性能の電車として、80系に変わって導入された111系をパワーアップして作られたものの、最初の導入からすでに、40年以上が経過しており、性能面からも車両の保守の面からも限界に来ているといってよいでしょう。
 慣れ親しんだものとしては、残念な気がしないでもありませんが、新旧交代は世の常ですし、いつまでも過去の栄光にしがみついているのでは、人間としても歴史の上でも、進歩がありません。

 ちなみに、帰りは211系でしたが、辻堂からグリーン車を使いましたが、すれ違うくだりにはまだまだ113系が走っていました。今度、お正月に家内の実家に行ったときが、
東海道線東京口113系乗りおさめ
になりそうです。

≪おことわり≫
 今回の車両の写真リンク、113、211、E213系は「JR東日本車両図鑑」、80系は「交通科学博物館、通勤電車の今昔」に、キップのリンクは「JR東日本駅ネット」に張らせていただきました。なお、リンクが張られているのは、各形式の最初の記述箇所のみです。
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by omasico | 2005-11-22 11:27 | 旅行・鉄道・趣味  

耳が良くなる(音楽)

 「魚を食べると頭がよくなる」という歌があり、よくスーパーの魚売り場で「これでもか!」というほど繰り返されているのを聞かされて、頭が痛くなることがあります。「マグロの目玉」のコメントでも書きましたが、魚を食べた食べただけでは頭は良くなりません。魚を食べて、頭を活性化するために働かせることが大事です。
 ところで、わたくしは職業柄かもしれませんが、よく「耳がいいね」と言われます。か細い鳥のさえずりや、遠くで鳴っている救急車のサイレンの音も他の人が気がつかないうちに聞こえますし、いくつか一緒になった音や、複数の声も聞き分けることができます。反対に、BGMが鳴っている喫茶店とか、音が大きい所では、読書をしたり何かに集中することができません。どうしても、音に気が行ってしまうからです。

 ところで、「魚を食べると頭が良くなる」方式で、「耳が良くなる」方法がありませんか?と言われるかもしれませんが、実はこれがあるのです。と言っても、補聴器のようなものを使ったりするわけではありません。用意するものは、バッハのCDとCDプレーヤーです。
 実は、『典礼聖歌』の作曲者から言われたのですが、
「あのねー、フーガを聴くとね、耳が良くなるんだよ」
ということで、この数年、よくバッハのフーガを聴いています。バッハのフーガと言ってもいろいろな曲がありますが、わたくしは、職業柄、やはりオルガンを聴いています。もちろん、ポピュラーなものも聴きますが、なるべく手の込んだもの、たとえば、テーマが反行・拡大しているもの⇒C-dur のプレリュードとフーガや、ストレッタを使っているもの⇒G-dur のプレリュードとフーガ、トッカータとフーガ(ドーリア)などです。
 おおよそ、フーガと言うものは、「主題(テーマ)」と「対位旋律」がいろいろな調に移され、複雑に絡み合うので、それらを聞き分けるようになることで、
「だんだんと耳が良くなる」
というわけなのです。
 有名なプレリュードとフーガやトッカータとフーガもお勧めですが、わたくしがもうひとつお勧めするのは、6曲ある「トリオソナタ」です。「トリオソナタ」と言うのは、その名のとおり、トリオ=3つの旋律でできたオルガン曲で、右手で一つの鍵盤を使って一つの旋律左手でもう一つの鍵盤でもう一つの旋律ペダルで通奏低音を弾くものです。3つの旋律が、異なった鍵盤で弾かれるので、それぞれのストップ(音色)も異なるため、比較的旋律と通奏低音が聞き分けやすいのです。ただし、弾くほうは結構大変で、右手と左手と足が右や左に行ったりきたりするので、最初のうちは足腰が痛くなったりします。とはいえ、この、3つの音色の違いと技法は聴いていてなんとも言えない面白さがあります。ぜひ、6曲ある「トリオソナタ」を聴いてみてください。

 もちろんフーガバッハだけではありません。
ベートーヴェンのピアノソナタのフーガ
高田三郎の合唱組曲「わたしの願い」の最後のフーガ
も、とても感動的です。これらもぜひお聞きいただきたいものですが、これらは、聞き分けるまでにはかなりの経験が必要です。と言うわけで、入門として、まずは、バッハのフーガからはじめてください。そうすると、皆さんの耳も、きっと
「どんどん良くなる」
ことうけあいです。
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by omasico | 2005-11-17 20:02 | 音楽・オルガン  

バーベキュー(交友)

 先日の主日(日曜日)のミサの後、教会の子ども会主宰で、ルルドの前で、バーベキューをしました。この日は、七五三にちなんだ子供たちの祝福洗礼式があり、わが敬愛する主任司祭は、説教にも熱が入り、ミサが終わったのは10時20分、それからやおら準備に入りました。お母さんたちは、台所で食材の調理、男衆(おとこしょう)は、火起こしです。想定した人数が40人くらいなので、下ごしらえにも時間がかかり、準備が終わったのは、11時半近くでした。

 集まったのは総勢40人超。地元の信州人?の他に、フィリピン、スリランカ、インドネシア、韓国、ペルー、イラン、スペインと、世界各地からの兄弟姉妹が集いました。韓国から来た留学生は、洗礼は受けていないものの、「高校がカトリックの学校だったので、雰囲気が懐かしい。これからも来たいです」と言っていました。スペインはバルセロナから来た青年は「今まで、カトリック教会がどこにあるか分からなかったのですが、これからは、ミサに来られます」と喜んでいました。
 
 さて、準備ができたところで、いよいよバーベキューの開始です。最初に、ルルドで行うので、ルルドの聖母に「あめのきさき」を歌って祈りました。さて、いよいよ、たくさんあるお肉から焼き始めましたが、おなかをすかした子供たちは「早く、お肉、お肉!」と、鉄板の周りに群がります。順番に並ばせて、野菜を皆のお皿にのせてゆきます。次から次へと補充しますが、焼く量より取る量の方が多く、なかなか間に合いません。フィリピンから来た仲間が持ってきた、オリジナルの味付けの豚の串も、生焼けのうちから手が伸びます。
 ひと段落したところで、わが主任司祭もやってきました。が、自分の食べるのもそこそこに、鉄板のこげを取ったり、野菜を焼いたり、途中で届いたみかんを振舞ったりと、ミサと後の「マリア会」(婦人会)の会合で、疲れていそうなのに、神の民の奉仕職に徹しておられました。
 最近、東京から戻られたMさんもお肉を差し入れてくださり、いろいろとお世話をしてくださいましたし、調理師の免許をとったS君も火起こしから鉄板で焼くところまで、しっかりとやってくれました。
 フィリピンやスリランカからの仲間たちは、しらふで、陽気に騒いでいて、これはやはり、国民性の違いからでしょうか。信州人のわれわれは、おなかもいっぱいになり、最後の残り物の片づけで必死でした。

 焼きはじめてから正味2時間、ミサの後、ちょうど、初代教会のミサとアガペーを彷彿とさせる、バーベキューになりました。いろいろな国の兄弟姉妹もたくさん集まったことで、思った以上の収穫もあり、昼から暖かくなったお日様の温もりとともに、こころもからだも温まった1日でした。
 
 
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by omasico | 2005-11-15 18:22 | 交友・親類  

マグロの目玉(グルメ)

 山国=信州に住んでいるにも関わらず、我が家で人気の食材は、マグロの目玉です。車で12~3分のところにある、隣町の魚屋さんで、ときどき、二つ100円で特売されています。先日も、この魚屋さんの「お魚魚の日」(おととのひ)ということで、特売で出ていて、二パック買ってきました。それを、しょうゆとみりん、しょうがを入れて煮込みます。マグロは油が多いので、こってりしていますが、さかなの油は、体に良いので、あまり気にせずに食べられますし、さらに、我が家では普段、揚げ物とかてんぷらとか油の多いものはほとんど料理しないので、それほど、カロリーも気にしないで食べています。
 
 ところで、マグロというと、日本人は、すぐに「とろ」とか「おおとろ」といった、油の多いところを食べたがりますが、最初はこのような油の多いところは、食べられていなかったそうです。第五福竜丸被爆事件のとき、マグロが高騰したことから、仕方なくお客さんに出した「とろ」や「おおとろ」が人気となって、今に至っているそうです。
 もうひとつ、マグロはとりたてのものは、おいしくなく、一度冷凍保存しないと、おいしさがひきたたないのです。ときどき、グルメ番組などで、レポーターが「新鮮なマグロですね!」なんて言っていますが、「新鮮なマグロ」では、本当のおいしさは味わえないのです。

 マグロが一番多く水揚げされるのは、成田漁港(成田空港)なんていわれていますが、神奈川の三崎漁港はマグロの水揚げも多く、マグロ料理を食べさせる店も多いようです。他に、静岡県の焼津漁港もマグロの水揚げが多く、マグロ料理が味わえます。また、紀伊の勝浦近辺でもマグロ料理がおいしいようで、これらの、地域のマグロ料理を食べさせてくれるお店では、「マグロの兜焼き」をやっているところもあるようです。一度、この「マグロの兜焼き」を食べてみたいと思うのですが、なかなかチャンスがありません。
  • 三崎漁港(神奈川)
  • 焼津(静岡)
  • 紀伊勝浦(和歌山)
おいしいお店を知っていたら、ぜひ、教えていただきたいと思います。

 マグロそうですが、牛も、「霜降り」はおいしいと言われています。でも、よく考えると、人間で言えば、中性脂肪の多い、一番不健康なところを食べているのです。お金がなくて、僻んで(ひがんで)言うのではありませんが、魚の頭を食べると頭が良くなると言われていますので、せっせと、安くておいしくて頭が良くなるマグロの目玉を食べたいと思います。

 でも、このブログを読んだ、たくさんの人に、マグロの目玉を買い占められて、安く手に入らなくなっても困るのですが....... 。 
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by omasico | 2005-11-12 19:37 | グルメ・御酒  

聖書三部作(共通企画)〔その2〕

聖書カンタータ三部作
『イザヤの預言』
『預言書による争いと平和』
『ヨハネによる福音』

 今回は、これら聖書カンタータ三部作精神と手法について記述したいと思います。これら聖書カンタータ三部作には、いずれにも
ピアノ伴奏の場合には「混声合唱とピアノのための」
オーケストラ伴奏の場合には「混声合唱と管弦楽のための」
という表題がついています。このことから、これら聖書カンタータ三部作は、単なる合唱曲ではなく、ピアノやオーケストラなどの楽器の部分にも、テキストに関連したメッセージが語られていることが分かります。多くの場合は、ピアノの伴奏で演奏されますが、ピアニストの方も、これらのテキストが語ろうとすることを、ぜひ学んでいただきたいと思います。

 さて、これらの曲を歌ったこと、あるいは、棒を振ったことのある方は分かると思いますが、これらの曲の合唱の部分には、シンコペーションが全く用いられていません。実は、作曲者高田三郎氏の『典礼聖歌』でも、シンコペーションは全く使われていません。これは、『典礼聖歌』で、その手法と精神を取り入れたグレゴリオ聖歌の場合、「切分音というものは落ち着きがなく、祈りの音楽としてふさわしくないため、ソレム唱法では避けられて」(『典礼聖歌を作曲して』191ページ)いるからです。ですから、このことから考えられることは、これら聖書カンタータ三部作は、単なる合唱曲ではなく、合唱曲という音楽形式を使った「祈り」であるということです。これらの曲が、「祈り」としてふさわしく歌われ、人々のこころを揺り動かすときには、聖霊がその人々の口を通して働いていると言えるでしょう。

 さて、高田三郎作曲の『典礼聖歌』も多くの合唱曲も、小節線の後は、いわゆる強拍ではなくテージス(休息)、小節線の前のアウフタクトは、弱拍ではなくアルシス(飛躍)です。これらについて、よくたとえられるのは、ゴムボールを上に投げ上げて、一番高いところに上がったときがアルシス(飛躍)、手に戻ってきたときがテージス(休息)といわれます。
 これでは、よく分からないかもしれませんので、他にいくつかのたとえをあげたいと思います。ひとつは、回転木馬(メリーゴーランド)の木馬が、一番高く上がったときがアルシス(飛躍)、一番下がったときがテージス(休息)、水の上に石を跳ねさせたとき、一番高く跳ね上がったときがアルシス(飛躍)、水の上で跳ねたときがテージス(休息)と考えればよいでしょうか。英語では、強拍をダウン・ビート、弱拍をアップ・ビートと言いますが、この、ダウンとアップが、まさに飛躍休息をよりよく表していると言えるでしょう。
 この手法は、高田氏が日本語を生かすものとして、自らの合唱曲の作曲に取り入れたものですが、日本の民謡の伝統からもふさわしいものです。
 
 これについては、服部龍太郎氏が、著書『日本の民謡』(角川新書186)の中で次のように指摘しています。「日本の民謡を観察すると、ほとんどがいつの場合でもアクセントの弱い音からうたいだし、第二音になってようやくアクセントを強めるということをしている。すなわち、弱起のかたちをとっているのであって、これは、日本語のアクセントにふかいつながりがあるものとおもわれる。この一事は音楽にたずさわるひとはもちろんのこと、音楽に関係のない日本人でもよくこころにとめておいてもらいたいことである。日本民謡がアップ・ビートの弱拍からはじまるということはじつに徹底したものであって、百曲中の九十曲中まではそうである。」(同書206-207ページ)つまり、日本の伝統音楽のひとつ民謡では、アウフタクトから歌い始めるのが一般的だということです。これは、高田氏の『典礼聖歌』でも全く同様で、この点で、高田三郎氏の作曲は日本の音楽の伝統を踏襲していると言えるのです。
 ちなみに、日本の音楽がこの伝統から逸脱したのは、服部氏の指摘によれば、明治以降であり、「日本人自身が唄のうえではアクセントについてあまりにも無頓着であり、あまりにも大きいあやまりをおかしてきたことは、明治以来の小学唱歌とか軍歌を見ればよくわかるのである。」(同書211ページ)と指摘しています。そして、山田耕筰氏の作曲を上げ、「いずれも弱起からうたいだすようになっている。日本語の微妙なアクセントを音に生かそうとするならば、当然こうなるわけである。民謡はとっくのむかしから実行していることであるのに、その民謡をうたっている日本人の作曲家がこういうことを無視していたまでのことである。民謡が教え、民謡が暗示するところのものはじつに大きいといわなければならない。」(同書213ページ)と、日本の作曲家の日本語の作品について批評しています。
 実際に、これら聖書カンタータ三部作や高田氏の合唱曲はもちろん、『典礼聖歌』を歌っていても、全く、自然に日本語が生かされていることが分かると思います。

 このように、聖書カンタータ三部作は、『典礼聖歌』と同様に、日本の音楽の伝統グレゴリオ聖歌の伝統を取り入れて生かした、「祈り」の歌なのです。

 
 
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by omasico | 2005-11-11 14:21 | 全ブログ共通  

紅葉真っ盛り(四季折々) 

 このところの冷え込みで、ようやく紅葉黄葉が真っ盛りとなりました。今年はどちらかというと、より黄色のほうがきれいなような気がします。黄色できれいなのは、いたやかえでやくりです。広葉樹の紅葉もきれいですが、針葉樹でもこの時期葉っぱが色づくものがあります。それは、カラマツです。

 カラマツの葉は、黄色というより黄金色で、針のような葉が風に舞うさまは、さながら、黄金色の雨が降っているようです。山全体カラマツが植わっているところは、まさに、全山黄金色に色づきます。このあたりでは、黒曜石で有名な鷹山の近く、大門から男女倉に抜ける道からの眺めがきれいです。

 ほとんどの針葉樹は一年中、葉が枝についていますが、まったく葉が落ちないわけではありません。実は、他の木々と同じように、この時期に葉を落とすのがアカマツです。アカマツは、春先になると枝の先に、新芽を出し、それが長く伸びて葉になります。6月になると花が咲き、黄緑色の花粉を撒き散らします。その後、花の後に実をつけ、これが、松ぼっくりになります。そして、いよいよ冬支度をするこの時期、アカマツも幹に近い、去年出した枝を落とし、今年の枝だけになり冬篭り?に入ります。

 他に、葉が黄色く色づくものは、ハギやクズなど秋の七草もそうですし、忘れてはならないのがイチョウです。教会と幼稚園に1本づつイチョウの木がありますが、教会のイチョウがオス、幼稚園のがメスで、メスのイチョウの木の銀杏はすでに落ち、このところきれいな黄色の葉がついています。オスの方はまだ、葉が緑色ですが、今日の強風で、緑色のまま葉を落としていました。

 普段は、この状態になるのは10月の中旬から終わりごろにかけてですが、やはり、今年は少し遅いようです。イチョウが葉を落とすと、教会とその周りの落ち葉掃きも、せっせとせいを出さなければなりません。

 それが終わる頃になると、いよいよ、雪の便りも間近となります。

 

 

 
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by omasico | 2005-11-08 19:41 | 四季折々  

欧米中心(祈り・聖歌)

 『岩波キリスト教辞典』で、「クリスマス」や「サンタクロース」「バレンタインデイ」などを担当させていただいたときにも、また、それ以前からも感じていたのですが、日本では、キリスト教というと、まだまだ 
ヨーロッパ・アメリカの宗教
という印象が強いように思います。同時に、これも誤解されていることですが、
ヨーロッパ・アメリカの行事はキリスト教の行事
と思われているようです。
 10月の終わりのハロウィンも、もともとは、ケルトの呪術的要素が多いのですが、アメリカの「感謝祭」と結び付けられて日本に伝わってきたせいか、やはり、キリスト教の行事の一つと考えられているようです。たとえば、古代ローマで太陽の誕生日であった降誕祭=クリスマスのように、そこで、十分に神学的な反省が成され、しっかりとインカルチュレーションされれば問題はありません。しかし、日本では、バレンタインデイのように、商業主義の洗礼を受けているものが少なくないように思います。ハロウィンもそのひとつで、こころある方は、「ハロウィンとキリスト教」について違いを明確にして批判しておられます。
 
 ところで、キリスト教は本来、アジア(中近東)のユダヤの宗教ですが、なぜ、ヨーロッパ・アメリカの宗教という印象が強いのでしょうか。その第一の理由はキリスト教を日本に伝えたのが、ヨーロッパやアメリカの宣教師がほとんどであったことでしょう。そして、彼らが伝えたキリスト教は、神学も、文化も、習慣もすべてヨーロッパやアメリカのものであり、それらをそのまま日本に持ち込んだからです。
 だからといって、「それらがすべて悪い」とか、「考えなしに持ち込んではた迷惑だ」、などというつもりは毛頭ありません。彼らが、多くの苦難を乗り越えて、キリストのもたらした救いを伝えてくださらなければ「遠く地の果てまで、すべてのものが神の救いを見た」ことにはならなかったからです。
 ですが、明治以降、キリスト教がもたらされてから、100年近く、ヨーロッパ・アメリカの宗教から脱却できなかったことは、残念なことで、カトリックの有名な神学者カール・ラーナ『あなたの兄弟とは誰か』宮沢みどり訳(サンパウロ 1985 )で次のように述べています。
 「十六世紀以降のヨーロッパ植民地主義の動きの中で教会は、事実上世界宣教の使命を引き受けた。しかしながら教会は私たちの時代に至るまで、無邪気にも、またやむをえずキリスト教を世界にもたらそうとしたけれども、多少とも(理論的にではなくとも実践的に)ヨーロッパの輸出品目として伝達して来たキリスト教だったのである。それでもヨーロッパ以外のほかの国々の兄弟たちは、不本意ながら、家庭における未成年者のように子供扱いされてきた。私たちは彼らにラテン語で神学を教え、ラテン的典礼を授け、日本では彼らのためにネオ・ゴティックの教会を建て、彼らにヨーロッパの聖歌を歌わせ、彼らのためにヨーロッパ人の司教を与え、あるいはヨーロッパの尺度に従ってその地の司教をローマで選出した。
 以上のことは皆よい事だと思われ、また長いこと避けがたかったかもしれない。たとえ私たちヨーロッパ人が罪深いキリスト者でありながらも、同時にこれらのことをヨーロッパ風の尊大さをと思い上がりの一端であることを認めなければならないとしてもである。


 このように、神学者や宣教師の中には、日本へのキリスト教の宣教を深く考え、インカルチュレーションの必要性や、日本文化で教会に取り入れることのできるものを評価されている方もおられるのですが、肝心の日本人の方が、欧米型の教会から脱却できないでいるのではないかと思います。一例ですが、『カトリック聖歌集』『典礼聖歌』に入っている「やまとのささげうた」の作曲者、高田三郎氏が「公教会聖歌集改定委員会」から新しいミサ曲の作曲依頼を受けたとき、氏は、日本では、すでに洋楽が主流であり、今様風の『讃美歌』(54年版)245番がそれほど歌われていなかったことから、純洋式を提案したそうですが、これに真っ向から反対したのが、改定委員でもあり、当時エリザベト音楽大学の学長でもあったゴーセンス神父と、パリ外国宣教会の司祭で、当時、東京カトリック神学院でグレゴリオ聖歌を指導していたアヌイ神父の二人でした。もし、このお二人が純和式を主張しなければ、「やまとのささげうた」も『典礼聖歌』も生まれなかったかもしれません。
 欧米型の教会から脱却できないのは、残念ながら『讃美歌21』にもみられ、この中で日本人の作詞・作曲によるものは、わずかに9.2パーセントに過ぎません。この『讃美歌21』が出る前は、少なくとも半分は、それでなくても、せめて30パーセントが日本人の作詞・作曲によるものになると思っていたのですが。

 日本にキリスト教がなかなか根付かない理由がいくつか挙げられますが、そのひとつには、日本の教会が、カトリック・プロテスタント・聖公会・正教会を問わず、まだまだ欧米型の教会から脱却できないことが理由のひとつにあるのではないかと思います。もちろん、そのすべてを否定する必要もありませんし、教会の歴史の中ではぐくまれたもの、伝統の中で大切にしなければならないものもありますが、無批判に今までのものを守ることだけにとらわれているようでは、いけないのではないかと思います。
 わたしたち、日本のキリスト者はもっと自分たちの文化を(無批判にではなく、きちんと神学的にもしっかり反省した上で)、教会の中に取り入れることを考えてもよいのではないかと思います。なぜなら、主キリストは
すべての人の救いのためにこの世にこられ
たのですし、すべての民族も文化も神の手による創造の作品なのですから。
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by omasico | 2005-11-03 16:06 | 祈り・聖歌