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トイレ掃除(プライベート)

 先週の土曜日28日は、これといった行事もなく、家の中も散らかっており、前々から従妹にも言われていたので、思い切って皆で「お片づけ」をしました。3日の「文化の日」に幼稚園のお友達を呼ぶ計画もあるからです。

 わたくしは、前々から気になっていたお手洗いの便器掃除を思い切って行うことにしました。かなり長く掃除をしなかったので、尿酸もこびりつき、臭いも激しくなっていたのです。最初は、歯ブラシに「マイペット」(クレンザーみたいな研磨剤。現在は製造中止)をつけて、ごしごし磨いていましたが一向に拉致があきません。
 いろいろ考えた末、思いついたのが、釘の頭でこびりつきを落とす方法です。そこで、をしまってある場所を探しましたが、どうしても小さい釘しか見当たりません。しょうがないので、小さいでごしごし落とすことにしましたが、これもかなり、無理がありました。歯ブラシよりは落ちるのですが、それでもわずかづつです。そこで最後に考えたのが、よりも大きな金属でこすればいいのではないかと思ったのです。で、金属ごみの中から、カレンダーを束ねている金属を使ってこすったところ、今度はよく落ちるようになりました。
 
 よく落ちるようになったとはいえ、洋式の便器の中の前のほうにこびりついている尿酸を取るには、首を便器の中に入れて、アンモニアの臭いをまともにかがなければなりません。また、気をつけても、時々便器に直接手も当たります。だからといってこのままでは、冬場に窓を開けられなくなると、臭いが家中に漂うことも考えられるので、ここは、我慢のしどころ、力を入れて、取ること数十分。我慢のしがいもあり、臭い気にならない程度になりました。
 この日は、それほど汗もかかずお風呂に入るのも億劫でしたが、便器に首を突っ込んだ手前頭のてっぺんから足の先まできれいにしないといけないので、しっかりと洗ってゆっくり温まりました。
 でも、残念なことに、幼稚園のお友達は「文化の日」の都合が悪くなり、キャンセルとなってしまいました。

 これに懲りて、これからは、こまめにお手洗いの掃除をしようと思った次第ですが、さて、いつまで覚えていることやら?
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by omasico | 2005-10-31 20:09 | omasicoプライベート  

聖書三部作(共通企画)


『典礼聖歌研究工房アトリエおおましこ』
1000アクセス記念!全ブログ共通企画

聖書カンタータ三部作
『イザヤの預言』
『預言書による争いと平和』
『ヨハネによる福音』
 『典礼聖歌研究工房アトリエおおましこ』は皆様のおかげで、ホームページ開設以来1000アクセスを越えることができました。そこで、全ブログ共通の企画として、聖書カンタータ三部作を取り上げることに致しました。

 高田三郎は、教会の中では『典礼聖歌』の作曲者として有名ですが、「水のいのち」「こころの四季」「ひたすらな道」など、数々の合唱曲を作曲し、合唱界の重鎮・大御所的存在であったことは、あまり知られていません。その一方で、合唱界では、「日本のいのりのこころ」である『典礼聖歌』、合唱音楽では避けて通ることのできない「教会音楽」を日本語で作曲していることは、あまり知られていません。
 この聖書カンタータ三部作は一般の合唱曲でありながら、そのテキストは、自身がカトリック教会の『聖書』朗読から取り上げ、作曲手法も『典礼聖歌』と同じ作曲手法を用いており、一般の合唱曲と、『典礼聖歌』との橋渡し的存在ということができると思います。
 また、今年、2005年は、この聖書カンタータ三部作の第一作、「イザヤの預言」の楽譜発行から25周年の記念の年にもあたります。

そこで、『典礼聖歌研究工房アトリエおおましこ』は、本来、『典礼聖歌』の研究が主体ですが、今回は、この聖書カンタータ三部作について、リンクする4つのブログ=『今日の聖歌』、『年代記』、『聖歌 練習日記』、『「祈り」と「聖歌」』共通で、通常の各ブログ固有の記事の他に、記述することに致しました。この企画により、多くの人に、聖書カンタータ三部作を通して、神のことばと、『典礼聖歌』の品位ある深い祈りが伝われば、これにまさる喜びはありません。

 各ブログ固有の記事の合間をぬって、さらにホームページの更新もあるので、定期的な記述にできるかどうかわかりませんが、できる限り週一回の更新を目指したいと思います。
 次回は、「共通する作曲手法として、聖書カンタータ三部作に共通する作曲手法と同時に、『典礼聖歌』とも共通する、高田三郎特有の作曲手法について取り上げたいと思います。実は、これが非常に重要で、これを理解していないと、『典礼聖歌』や聖書カンタータ三部作はもちろん、一般の合唱曲も、テキストを生かして歌うことができないのです。その後、作曲順にそれぞれの曲を見てゆきたいと思います。

 なお、『典礼聖歌』については、『典礼聖歌研究工房アトリエおおましこ』をご覧ください。

 

 
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by omasico | 2005-10-28 20:07 | 全ブログ共通  

冬支度(四季折々)

 今月の初めまで、信州も汗ばむ日が続きましたが、長雨の後、標高の高いところでは、最低気温が氷点下に下がり、23日の日曜日には、浅間山も雪化粧しました。それでも、紅葉はいつもより遅く、ようやく、木々の半分が色づいたという感じですが、寒さが一気に進んだので、色づくと同時に、風に舞ってしまいます。何度も書いているように、きのこもなかなか顔を出さず、このところ、ようやく、カラカサタケアミタケのたぐいが取れた程度で、ハタケシメジムラサキシメジ(アカンボウ)などは、とんと顔を出してくれません。

 そんな、遅い秋ですが、今月の中旬から、ようやくストーブを点け始めました。九州や近畿はもちろん、東京のかたがたも、「もうストーブ!」と驚かれると思いますが、何しろ、山の中の別荘地、さらに、周りはアカマツを中心としたうっそうと茂る森ですから、冬はことさら日当たりが悪く、この先数ヶ月は、ほとんど直射日光がありません。いつもの年なら、9月の敬老の日の頃には、朝晩ストーブを点けるのですが、それでも今年は、やはり、秋が遅かったせいか、ストーブを点けるのが、普段より一ヶ月遅くて済みました。この、石油高騰の折ですから、この違いは大いに助かります。ストーブ自体も、まだ、屋外排気のファンヒーターはほとんど点けず、もっぱら、昔ながらの石油ストーブが中心です。

 この先、北側の部屋、風呂場、お手洗いのそれぞれの窓に、エアークッション(荷物の中に入っている、プチプチ)を張り、寒気が伝わるのを少しでも減らします。今年は、その他、立ち上がりの部分に、ビニールシートを張り、やはり、家の下を風が通るのを少しでもやわらげようかと思っています。ただ、これで一難困るところは、何しろ、地面から3~4メートルのところの作業なので、高所恐怖症のわたくしにとっては、死ぬのに等しい?恐怖感の中の作業となります。

 そんな寒さ中でも、これから楽しみなのは、おなべと漬物、今年は、例年の白菜漬けの他に、信州では欠かせない、野沢菜漬けにも挑戦しようと思っています。
 それと、早く暮れた空に見える、星たちも、とってもきれいな季節です。
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by omasico | 2005-10-26 06:11 | 四季折々  

自転車(プライベート)

 先日、18日夕方、入浴中に家内が「宅急便が届くって電話があった」と知らせてくれました。はて、どこからだろうか?思い当たるふしがないのです。長女と一緒に出てみると、すでに荷物が届いた様子。「何が届いたの?」と聞くと「自転車」とのこと。「え、うそでしょ」「ほんと」と、二・三回この問答が繰り返されました。時々,家内の言う「見え透いたほら」だと思ったからです。ところが、窓の外を見ると、本当に自転車があるではありませんか。やっと思い出したのです。この自転車

 実は、今月の初旬、地元の信越放送が、「ラジオまつり」を行い、その中の企画として、飯塚敏文アナウンサーが、飯田から長野まで、自転車で県内を縦断する
ママチャリ出会い旅
というものをしたのです。そして、「ラジオまつり」のリスナープレゼントで、この、飯塚敏文アナウンサーが、飯田から長野まで乗った電動機付自転車をプレゼントするということになっていたのです。その自転車が、なんと、我が家に届いたというわけです。

 こちらへ来た当初からは、母が、信越放送の第一期入社試験を受けたこともあり、よく、当時の朝の番組「スタート一番」などにメッセージを送り、リスナー仲間でも結構有名なほうで、生番組のゲストとして「Gスタジオ(ラジオを放送する所)」で反したこともありましたが、子供たちが大きくなって来ると、ラジオを聞く時間も少なくなり、最近は、「ラジオJ」を朝食の合図代わりに聞くくらいになってしまっていました。でも、今回のママチャリ出会い旅は、いつも聞いている、この、「ラジオJ」の若い、飯塚アナウンサーを応援しようと、久しぶりに、メッセージを送り、最終日8日の上田を出発するときは、応援にも駆けつけたのです。
 その後は、すっかり、自転車プレゼントも忘れ、発表もいつもどうりのあわただしさの中で、聞き忘れていました。

 今回の自転車で、「ラジオどんぶり」でいただいた5つのどんぶり,
平成10年の感謝状のほかに、もう一つ、信越放送からの宝物が増えました。もしかしたら、これを機会に「もっと聴いて!」というメッセージかもしれません。

 ところで、この電動機付自転車、一番喜んでいるのは、どうやら家内で、運転免許を持っていないので、これで、山の中の別荘地内もかなり自由に出かけられると意気込んでいます。もちろんわたくしも、ときどき車に乗っけて、上田市内を走ろうかと思っています。この電動機付自転車、見かけたらぜひ声をかけてください。
 
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by omasico | 2005-10-19 05:59 | omasicoプライベート  

事故の教訓

 先日17日午後、横浜市のサレジオ学院の校門近くで、下校途中の生徒の列に自動車が突っ込み、2人が死亡、7人が重軽傷を負うという事故がありました。この日はちょうど、テストだったそうで、生徒たちは、きっと、その日の試験の出来不出来について話し始めたか、試験が全部終わっていたら、今日の午後は何をしようかなどと話していたことでしょう。実は、サレジオはわたくしの母校で、現校長、副校長、教頭始め、年配の教員の方々はよく存じています。わたくしが在学していた当時は、校舎は、東名川崎インターの裏にあり、現在の場所に移った野は1995年のことです。わたくしが在学していた当時の学校の前も、多摩田園都市から川崎インターに出る要道となっていたので、かなりの交通量がありました。学力も上がってきましたし(入学当時のわたくしの学力では現在入学することはできないでしょう)、校舎も手狭になったりしたので、現在の場所に移りました。

 ところで、今回のこの事故で、いくつかのことを思い巡らしました。懐かしさはともかくとして、まず第一は、いつ自分が同じようになるか、という疑念です。これは、生徒、すなわち被害者になるかもしれないと同時に、運転を誤った加害者にならないという保証もない、というものです。教会から数分の所には、いくつかスーパーがあり、よく歩いて買い物に行きますが、信号待ちをしているときなど、ときどき、ハンドルを切りそこなった車が突っ込んできたら、よけられるだろうか、と思うことがあります。と、同時に、教会/幼稚園に行くまでには、2つの小学校の近くと、1つの高校の側にあるバス停を通りますが、さて、自分は、そこで、全体に事故を起こさないかと問われたら、「はい」とは絶対に言い切れません。急に心臓の発作が起こってハンドルを切り損ねたり、何かが飛び出してきて避けようとした弾みに、絶対に突っ込まないという確証はまったくないのです。おそらく、加害者の青年も、そこの場所はよく通る、慣れた道で、これくらいいつも飛ばしていて大丈夫、という安心感があったのだと思います。この、慣れた道という安心感が、この不慮の事故を招いたのだと思います。

 そして、もう一つ考えたことは、事故にあって重軽傷を負った生徒も、事故にあわなかった在校生も、いずれは、ほとんどが運転免許をとるであろうということで、この事故を教訓にして、
運転教育
をしてほしいということです。このようなことを書くと、「免許をとる前にそのようなことをすると、無免許運転を助長するだけだ」と仰られる方もあるかもしれません。しかし、運転教育をすることは、人権教育倫理教育にもつながるものだと思うのです。一例ですが、道路交通法には「明らかに横断する歩行者があるときは、車両は停止しなければならない」といった条文がありますが、どれだけの車両がこれを守っているでしょうか。ここでは、「続いて走っているから停まらなくてよい」とか、「反対車線だから行ってもかまわない」といったことは言われていません。もし、そのようなことにしたら、交通量の多い道路では、歩行者はいつまでたっても(とは言いすぎですが)横断することができなくなります。このようなことが決められているのは、交通弱者を守り、優先させるためでなのです。そして、このことを通して、すべての法律の本来の趣旨は、
弱い立場の者を権力、暴力から守るため

だということを、教えることが出来るからです。
 
 生徒たちも、自分の親の運転する車に乗る機会が多くあると思います。もし、親が、本来のあり方の運転をしていなければ、何らかの時に、「このようなことを学校で習ったけれど、何で、お父さん(お母さん)は、そのような運転をしないの?」と問うことで、親子の対話も深まり、サレジオが目指す、「ドン・ボスコがいう『信 (Pistis)』、『愛 (Agape)』、『理 (Logos)』を根本とする」教育につながってゆくのではないかと思うからです。

 今回の、母校サレジオの受けた事故は、教職員、在校生、保護者はもちろんですが、わたくしたち卒業生にも大きな衝撃となりました。ですが、これを機会に、サレジオが目指す教育に、更なる一歩を踏み出したほしいと思います。
 最後になりましたが、不慮の事故によっていのちを落とされた、島守、鍋田両君が神のもとで安らぎを得られるよう、また二人のご親族と、怪我を負った7名の後輩、およびご両親のこころとからだが一日も早く慰められるよう祈りつつ、この記事を閉じたいと思います。


 
 
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by omasico | 2005-10-18 18:08 | omasicoプライベート  

風呂敷(プライベート)

 最近、どこのスーパーに行っても、買い物袋を持参したり、会計のときに買い物袋が不必要な旨ことわると、スタンプカードにスタンプを押してくれたり、ポイントカードに点数を加算してくれるようになりました。さらに、商魂たくましいことは、その、買い物用の袋を、それぞれ作って、相応の価格で販売していることでしょう。買い物かごの内側にすっぽり入る物は、結構な値段がしています。
 わたくしも、買い物のときは、この買い物用の袋は必需品で、出かけるときには必ず車に放り込みます。買い物用の袋がもう一つ便利なのは、やはり、スーパーで回収している、牛乳パック、食品トレイ、ペットボトルなどを入れて持ってゆけることです。買い物前に、これらを回収ボックスに入れ、会計のときには、買い物したものを入れると、まさに、一石二鳥です。
 この、買い物用の袋も、忘れたり、スーパーのはしごをしたりすると、困ったことになります。そこで威力を発揮するのが、実は        
風呂敷
                                        です。
 大きさは90cm四方、色は、から白に変化しています。材質は、ナイロン性です。ま、どこにでもあるような、風呂敷ですが、これが重宝するのです。まず、買い物用の袋は、スーパーのかごにフィットするのですが、その分折りたたんでもかさばってしましいます。その点、風呂敷はかなり小さく折りたたむことができ、バッグの小さいポケットにも入ります。もう一つ、買い物用の袋は、中に入れるものの量によって、かなり、ゆがんだりしますが、風呂敷は、入れ方を工夫すれば、量に関係なく、きちんと縛ることができます。以前、何かの番組でやっていましたが、この大きさの風呂敷だと一升瓶を二本、縦にくるんで持つこともできます。
 もちろん、長所もあれば短所もありで、買い物の量が少ないと、結び目が大きくなりすぎますし、入れ方を工夫しないと、持っているうちに崩れて、大変なことにもなりかねません。
 
 とはいえ、やはり風呂敷は、やはり便利で、重宝、このうえありません。日本の文化なんて言うと大げさですが、庶民が生んだ生活の知恵からできた、小さな道具、と言えるでしょう。ちなみに、買い物用ばかりではなく、パソコンのキーボードのカバーにも、小さな風呂敷をたたんで使っています。皆さんもぜひこの機会に、
風呂敷

 を見直してみてください。
 ところで、信州にはもう一つ、風呂敷独特な使い方があるのですが、さて、ご存知でしょうか?
                                              
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by omasico | 2005-10-15 19:12 | omasicoプライベート  

紅葉前線(四季折々)

 このところようやく涼しくなりました。
 先日、土曜日は、教会に隣接した、二女の通う幼稚園の運動会でした。朝方は晴れ間も見えていましたが、11時頃になって雨が降り始め、休憩以後の遊戯は中止。年長のダンスだけやってフィナーレとなりました。全園児のダンスや閉会式もはしょったので、ちょっとかわいそうでしたが、父親参加の綱引きも流れたのは、わたくしにとっては不幸中の幸いとなりました。

 ところで、このところの涼しさで、ようやく紅葉が進んできたような気がします。我が家の大きな桜の木は、ほとんど葉を落としてしまいましたが、近くの桜のほとんどは、ようやく色づいてきたところです。
 紅葉になって実がついてきたのが、いちいはなみずきななかまど、などです。どの木も、真っ赤な実をつけています。
 いちいは、針葉樹で、実は、この実には毒があります。ところが、冬になると、しじゅうからなどが、この実の果肉の部分だけを上手に取って、中の種だけを食べるのです。他の動物たちが食べないので、彼らにとっては貴重な保存食、といったところです。
 はなみずきは、街路やスーパーの駐車場などにも植えられて、初夏に、白やピンクの花を咲かせているので、よくごぞじのことと思います。この木も、秋にはすっかり気にも留めなくなっていますが、よく見ると、かなり鮮やかな紅い実をつけています。実を取る人もあまりいないようですので、所有者に断って、一粒ふた粒いただいて、植えてみてはいかがでしょうか?
 ななかまどは、「七回竈に入れても燃え尽きないほど堅い」ことからその名がついたそうです。フィンランド(クリックどうぞ)では、「ななかまどがたくさん実をつける年は、戦争が起こる」という、言い伝えがあるそうです。本当かどうかは定かではありませんが、9.11テロが起こり、アメリカがイラクに戦争を仕掛けた年は、どこのななかまどもたくさんの実をつけていたような気がします。今年は、例年程実をつけておらず、大きな戦争は起こらないのかもしれません。このような言い伝えなら、毎年、ななかまどの実が少ないといいのですが。

 もうひとつの、残念な話題は、雨不足と高温続きで、期待されていた「きのこ」が、ほとんど採れないということです。もちろん、松茸も不作で、塩田や別所の松茸小屋では、どのようにしのいでいるのでしょうか。ま、いろいろ憶測はできますが。

 最後に、この時期に、良い香りを漂わせているのが、きんもくせいです。教会の近くにも、きんもくせいを植えているお宅があって、風が吹くと、教会の駐車場まで良い香りが漂ってきます。芳香剤などにも、よく、「きんもくせいの香り」がありますが、やはり、ホンモノと比べるとなんと言うか、品がないように思います。やはり、                       と
神さまが自ら創造されたもの

 人間が人工的に作ったものとでは、そのさは歴然としています。
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by omasico | 2005-10-09 17:54 | 四季折々  

ゲテモノ食い

 前回、おつまみに食べる、蜂の子について書いたところ、何人かの方からイナゴのコメントをいただきました。そこで、今回は、信州のゲテモノ食い、と言ったら他の方に叱られるかもしれませんが、わたしの知っているところを書きたいと思います。

 《蜂の子》
 これは、前回かなり詳しく書いたと思いますので、多くは書きませんが、今でも、醤油煮の缶詰が主流で、ひと缶1000円くらいで売っています。ようは、蜂の幼虫と蛹、場合によっては親も入っています。幼虫と蛹はやわらかく、親はこりこりとしています。

 《イナゴ》
 イナゴは、信州だけではなく全国的に食べているのではないかと思います。現在、スーパーなどで売られているものは、そのまま、佃煮や醤油煮などになっているようですが、昔は、足と羽を取ったものを煮ていました。取った手と足とは、いったん炒り、すり鉢でつぶして細かくし、味噌と混ぜて、「イナゴ味噌」にします。味噌は、好みに応じて、砂糖や味醂で甘味を加えたりします。

 《絹の花》
 と、書くと優雅な名称ですが、実は、蚕の蛹佃煮です。上田市は、諏訪や岡谷などと並んで、養蚕が盛んでした。繭を取って残った蚕の蛹は、以前は、塩田や佐久で飼われている鯉の餌にも使われていましたが、鯉が蛹臭くなることから、新たな活用法としても、この蚕の蛹佃煮にされるようになりました。やや、しっとりとした食感ですが、現在は、それほど臭みはありません。

 《ざざ虫》
 ざざ虫とは、トビゲラやカワゲラの幼虫のことで、川の瀬=「ざざ」で獲れるのでこの名がつきました。ざざ虫を獲るのは主に天竜川で、ざざ虫が食べごろの大きさになるのは、冬、川の水が冷たくなる頃です。防寒防水のゴム服があるとはいえ、冬の水の冷たさに耐えるのは、大変なもので、現在は、後継者不足が深刻です。いずれざざ虫は、幻のゲテモノになってしまうかもしれません。

 《カラス田楽》
 このカラスは、何かの別名ではなく、まさに正真正銘、「カーカー」と鳴くカラスです。戦後、上田近辺では、このカラス田楽が食べられていました。羽をむしったカラスを骨ごとミンチにし、ハンバーグの形にして五平餅のような木の棒に刺し、、いったん軽く焼きます。さらに、五平餅のように、味噌(好みに応じて、砂糖や味醂を加えたり、唐辛子を入れたり)をつけて、再び焼きます。現在では、まったく知られていませんが、戦後の上田地方の食文化として、このからす田楽を復活させて、全国的に宣伝すれば、かなりの反響があると思います。ま、こんなことを考えるのはわたくしくらいでしょうか。

 現在、カラス田楽以外は、缶詰で食べることができ、特に、伊那・南箕輪村の「かねまん」が、発送もしています。

 ところで、究極のゲテモノは?と聞かれたら皆さんは、何を挙げますか?
 わたくしは、昔、「野生の王国」「野生の驚異」でみた、
 
アフリカのサソリの生食い

 
インドかどこかのやはりありの生食い

 の二つです。
 この二つは、いまだもって、チャレンジする勇気には、かけています。



 
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by omasico | 2005-10-02 20:10 | グルメ・御酒