毎日の日記は omasico のさえずり もご覧ください。
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明日、11月23日は、
日本カトリック神学院東京キャンパスの「ザビエル祭」です。
今年のテーマは『来なさい そうすればわかる』
そうです、行かなければわかりませんよ。
時間の都合の着くかたは、ぜひとも、お出かけください。
毎年、恒例ですが、お勧めは、
① 副院長お手製の、ポップコーン(今年が最後かも?)
② 院内めぐりツアー
です。
院内めぐりツアーでは、もしかしたら、もしかしたらですよ、
わたくしがいつも泊まっている部屋をのぞくことが、できるかも。
アクセス方法は、
西武新宿線、武蔵関下車(準急と各駅停車のみ停車)。
北口に出て、右方向(上石神井方向)へ、道を進んでください。
「神学院西」の信号の二つ先の交差点を左に行くと、20メートルほど先の左側が入り口です。

日本カトリック神学院東京キャンパスの「ザビエル祭」です。
今年のテーマは『来なさい そうすればわかる』
そうです、行かなければわかりませんよ。
時間の都合の着くかたは、ぜひとも、お出かけください。
毎年、恒例ですが、お勧めは、
① 副院長お手製の、ポップコーン(今年が最後かも?)
② 院内めぐりツアー
です。
院内めぐりツアーでは、もしかしたら、もしかしたらですよ、
わたくしがいつも泊まっている部屋をのぞくことが、できるかも。
アクセス方法は、
西武新宿線、武蔵関下車(準急と各駅停車のみ停車)。
北口に出て、右方向(上石神井方向)へ、道を進んでください。
「神学院西」の信号の二つ先の交差点を左に行くと、20メートルほど先の左側が入り口です。

当別へ来て7日目の主日には、一日だけ、お休みを頂きました。とはいっても、起床や、日課はいつもどおり。ミサの司式は副院長様のP神父様で、ご要望で、オルガンを担当しました。三時課の後、荷物を持って、坂を下ります。最初の目的地は、当別教会。9時からのミサに間に合うように、教会に到着しました。

素性がばれないようにしていたのですが、目ざとく、一人の信徒の方に声をかけられ、主任司祭のB神父様の要望もあり、オルガンを弾くことになりました。B神父様も、のってこられ、祈願なども旋律をつけて歌われました。当別教会の方々は、さすがに、シトー会司牧の教会だけあって、歌唱ミサも手馴れたものです。とは言え、もっと練習をつめば、さらに祈りが深まると思いました。ミサの後は、信徒会館でお茶とお菓子をご馳走になり、神父さんや数名の信徒の方と歓談しました。
11時過ぎ、大院長様の車で、函館へと向かいました。まずは、お昼。市街地に入る前に、回転寿司のお店でお昼とします。回転寿司とは言え、さすが、港町だけあって、ねたも新鮮なものが多く、廉価の回転寿司とは、一味も二味も違いました。

お昼の後は、湯の川の「天使園」こと、「天使の聖母修道院(トラピスチヌ)」へ向かいますが、時間があるので、通り道にある、宮前町教会に立ち寄りました。聖堂では、数名の信徒の方がおられましたが、予定表を見ると、主任司祭は、江差教会で15:00からミサを司式するためか、お留守でした。聖堂を拝見した後は、湯の川へ。最初は、売店に立ち寄りましたが、大院長様は顔なじみだけあって、話も、和やかです。ひととおり、売店を拝見した後、家族に、チョコレートをお土産に買いました。ちょうど、ホワイトデーと言うこともあったので。

売店を出ると、まもなく、九時課の始まる時間。大院長様につれられて、修道院に伺うと、すでに、用意が整えてあり、入り口横の一室に案内していただきました。程なく、こちらの院長様がお越しになり、あいさつもほどほどに、聖堂へと向かいました。こちらの祈りは、ゆっくりとした、落ち着いた雰囲気があります。男子の修道院と違って、だれでも入れるのではないので、貴重な体験をさせていただきました。
そそくさと、湯の川を後にし、今度は、「旭ケ丘の家」という、老人福祉施設へと向かいました。ここは、パリ外国宣教会のフィリップ・グロード神父さんが始められた施設ですが、神父さんは、このところ体調がよろしくないようで、お目にかかることはできませんでした。
旭ヶ丘の家を出て、函館の中心街へ向かう途中の、イタリアンレストランで、一息入れました。
ケーキ三つとドリンクバーのセットを二人でいただき、しばし、歓談、レストランからは、函館山が望まれました。

函館の赤レンガ倉庫群へ行きました。ここで、大院長様が、「娘さんたちに、お土産を買われたらよいですよ。」と言うことで、いろいろな、店を物色。その間、大院長様は、製品をくまなくチェックしておられました。わたくしは、革製品のお店で、牛革の数字の書かれたキーホルダーを買いました。
お土産を買って、一路、当別へ。帰り着くや否や、係の方から、「夕食ですよ」と言われました。

素性がばれないようにしていたのですが、目ざとく、一人の信徒の方に声をかけられ、主任司祭のB神父様の要望もあり、オルガンを弾くことになりました。B神父様も、のってこられ、祈願なども旋律をつけて歌われました。当別教会の方々は、さすがに、シトー会司牧の教会だけあって、歌唱ミサも手馴れたものです。とは言え、もっと練習をつめば、さらに祈りが深まると思いました。ミサの後は、信徒会館でお茶とお菓子をご馳走になり、神父さんや数名の信徒の方と歓談しました。
11時過ぎ、大院長様の車で、函館へと向かいました。まずは、お昼。市街地に入る前に、回転寿司のお店でお昼とします。回転寿司とは言え、さすが、港町だけあって、ねたも新鮮なものが多く、廉価の回転寿司とは、一味も二味も違いました。

お昼の後は、湯の川の「天使園」こと、「天使の聖母修道院(トラピスチヌ)」へ向かいますが、時間があるので、通り道にある、宮前町教会に立ち寄りました。聖堂では、数名の信徒の方がおられましたが、予定表を見ると、主任司祭は、江差教会で15:00からミサを司式するためか、お留守でした。聖堂を拝見した後は、湯の川へ。最初は、売店に立ち寄りましたが、大院長様は顔なじみだけあって、話も、和やかです。ひととおり、売店を拝見した後、家族に、チョコレートをお土産に買いました。ちょうど、ホワイトデーと言うこともあったので。

売店を出ると、まもなく、九時課の始まる時間。大院長様につれられて、修道院に伺うと、すでに、用意が整えてあり、入り口横の一室に案内していただきました。程なく、こちらの院長様がお越しになり、あいさつもほどほどに、聖堂へと向かいました。こちらの祈りは、ゆっくりとした、落ち着いた雰囲気があります。男子の修道院と違って、だれでも入れるのではないので、貴重な体験をさせていただきました。
そそくさと、湯の川を後にし、今度は、「旭ケ丘の家」という、老人福祉施設へと向かいました。ここは、パリ外国宣教会のフィリップ・グロード神父さんが始められた施設ですが、神父さんは、このところ体調がよろしくないようで、お目にかかることはできませんでした。
旭ヶ丘の家を出て、函館の中心街へ向かう途中の、イタリアンレストランで、一息入れました。
ケーキ三つとドリンクバーのセットを二人でいただき、しばし、歓談、レストランからは、函館山が望まれました。

函館の赤レンガ倉庫群へ行きました。ここで、大院長様が、「娘さんたちに、お土産を買われたらよいですよ。」と言うことで、いろいろな、店を物色。その間、大院長様は、製品をくまなくチェックしておられました。わたくしは、革製品のお店で、牛革の数字の書かれたキーホルダーを買いました。
お土産を買って、一路、当別へ。帰り着くや否や、係の方から、「夕食ですよ」と言われました。
毎日、天候が悪く、雪の日が多かったのですが、少しだけ、小止みになり、雪というより、小雨程度の一日がありましがので、渡島当別の駅まで散策をしました。客舎の入り口においてある、かさをお借りして、いざ出発。とは言え、どこをどう通っていけばわかりません。とりあえず、入り口にあった、地図を思い出し、歩き始めました。
客舎の近くから、下のほうに降りる道がありますが、雪で閉ざされていて通れません。J神学生が、「裏を通って帰ります。」と言っていたのを思い出し、修道院の塀伝いに、ぐるりと回り、信徒のお墓の入り口、工場の出入り口を過ぎ、明治31年に建てられた牛舎を横目に見ながら、受付にたどり着きます。どなたかいるのかな?と除きますが、ストーブはついているものの、人の気配はなし。ここからは、海を眺めることができ、坂を一気に下り、直営売店にたどり着きました。

売店のすぐ下には、札幌教区当別小教区があります。ここは、世界でも唯一つ、厳律シトー会が司牧を担当する小教区です。もともとは、札幌教区の司祭がいたのですが、故あって、引き上げなければならず、それ以来、灯台の聖母大修道院から、B神父さんがミサを司式しに来ていらっしゃいます。
売店で、売っているものをいろいろ拝見しましたが、ここでしか手に入らないのが、「バター飴」の「サンSUN」というもの。しっかりと煮詰めてあり、色も、キャラメルに近い色で、味も濃厚です。
売店の横から、人だけが通れる道があるので、そこを下ります。下りきると、人家があり、間を抜けてゆくと「男爵いも」で有名な川田男爵が解説した「男爵資料館」がありました。川田男爵は、92歳で、当別教会において、当時の大修道院長から洗礼を受けておられます。
男爵資料館の近くから、江差線をくぐる地下道を通り、渡島当別の駅前に出ます。渡島当別の駅舎は、郵便局になっており、駅に郵便局が間借りしていると言うより、郵便局の通路を通って、列車に乗ると言う感じです。

駅舎というか、局舎は、灯台の聖母大修道院をイメージしたもので、ちょっと、見間違いそうです。郵便局で、切手を買い、さて駅は?とみてみると、出札窓口はおろか、券売機はもちろん、改札もなく、ただ、ホームへの通路に引き戸があるだけでした。委託業務で、入場券くらいは発行しているかと思ったのですが、徹底した合理化です。
駅前にある、唯一のお店の自動販売機で、コーラとサイダーを買い、バッグにあった、風呂敷に包んで、いざ、修道院へ戻ります。帰りは、道を変えて、国道沿いを歩いた後、踏切を渡って、坂を昇ります。国道のすぐそばが海で、向こうには、函館山も見ることができました。
帰り道は、修道院の正面に登る道で、途中には、もともと修道院の敷地だったところに、北斗市立石別中学校があります。その先が、有名な並木道ですが、左右の牧草地も一面の雪。並木も葉が落ちており、写真でみるものとは、まったくイメージが違いました。並木道を昇りきると、当別教会、売店に戻ります。出かけるときは、だれもいなかった売店も、駐車場には、数台の車が停まっていて、買い物をする人、見学をする人の姿も見られました。
そこからは、来た道を戻り、客舎についたのは、11時近く。寒いので厚着をしていったのですが、帰ったときは汗びっしょりとなり、シャワーを浴びていると「お食事ですよ」という、係の女声の声が聞こえてきました。1時間半ほどの、散歩でしたが、晴れていればもっと、いろいろ発見があったように思います。
客舎の近くから、下のほうに降りる道がありますが、雪で閉ざされていて通れません。J神学生が、「裏を通って帰ります。」と言っていたのを思い出し、修道院の塀伝いに、ぐるりと回り、信徒のお墓の入り口、工場の出入り口を過ぎ、明治31年に建てられた牛舎を横目に見ながら、受付にたどり着きます。どなたかいるのかな?と除きますが、ストーブはついているものの、人の気配はなし。ここからは、海を眺めることができ、坂を一気に下り、直営売店にたどり着きました。

売店のすぐ下には、札幌教区当別小教区があります。ここは、世界でも唯一つ、厳律シトー会が司牧を担当する小教区です。もともとは、札幌教区の司祭がいたのですが、故あって、引き上げなければならず、それ以来、灯台の聖母大修道院から、B神父さんがミサを司式しに来ていらっしゃいます。
売店で、売っているものをいろいろ拝見しましたが、ここでしか手に入らないのが、「バター飴」の「サンSUN」というもの。しっかりと煮詰めてあり、色も、キャラメルに近い色で、味も濃厚です。

売店の横から、人だけが通れる道があるので、そこを下ります。下りきると、人家があり、間を抜けてゆくと「男爵いも」で有名な川田男爵が解説した「男爵資料館」がありました。川田男爵は、92歳で、当別教会において、当時の大修道院長から洗礼を受けておられます。
男爵資料館の近くから、江差線をくぐる地下道を通り、渡島当別の駅前に出ます。渡島当別の駅舎は、郵便局になっており、駅に郵便局が間借りしていると言うより、郵便局の通路を通って、列車に乗ると言う感じです。

駅舎というか、局舎は、灯台の聖母大修道院をイメージしたもので、ちょっと、見間違いそうです。郵便局で、切手を買い、さて駅は?とみてみると、出札窓口はおろか、券売機はもちろん、改札もなく、ただ、ホームへの通路に引き戸があるだけでした。委託業務で、入場券くらいは発行しているかと思ったのですが、徹底した合理化です。
駅前にある、唯一のお店の自動販売機で、コーラとサイダーを買い、バッグにあった、風呂敷に包んで、いざ、修道院へ戻ります。帰りは、道を変えて、国道沿いを歩いた後、踏切を渡って、坂を昇ります。国道のすぐそばが海で、向こうには、函館山も見ることができました。

帰り道は、修道院の正面に登る道で、途中には、もともと修道院の敷地だったところに、北斗市立石別中学校があります。その先が、有名な並木道ですが、左右の牧草地も一面の雪。並木も葉が落ちており、写真でみるものとは、まったくイメージが違いました。並木道を昇りきると、当別教会、売店に戻ります。出かけるときは、だれもいなかった売店も、駐車場には、数台の車が停まっていて、買い物をする人、見学をする人の姿も見られました。
そこからは、来た道を戻り、客舎についたのは、11時近く。寒いので厚着をしていったのですが、帰ったときは汗びっしょりとなり、シャワーを浴びていると「お食事ですよ」という、係の女声の声が聞こえてきました。1時間半ほどの、散歩でしたが、晴れていればもっと、いろいろ発見があったように思います。
記事が、相前後しますが、当別に来てからの日課をご紹介します。
朝、3時30分、修道者の皆さんと同じ時間に起床。10分で着替え、洗顔を済ませ、聖堂に向かいます。聖堂までは、歩いて30秒。3時45分に最初の時課である「読書」が始まります。当別の場合は、最初に当該日の唱和と唱句のあと、まず、聖書朗読。続いて、二週間ずれての唱和と唱句があり、『毎日の読書』から、その日の朗読が行われます。
修道者の皆さんは、その後、黙想ですが、わたしは、しばし、フリータイム。日によって、読書をしたり、一眠りしたり、まちまちでした。
5時45分から、「朝の祈り」、引き続き、ミサ。ミサが始まる前には、夜が白々と明け始めます。季節によっては、窓から、日の光が差し込むのでしょう。感謝の典礼に入ると、内陣で、修道者の方々と一緒に、祭壇を囲むように招かれました。
ミサが終わる7時15分には、小食堂で朝食の用意がととのっています。と言っても、パンと牛乳、ヨーグルト、ジャム、バター。コーヒーはインスタントコーヒーを自分でいれます。これには理由があります。この時間まで、修道者の方々は、時課の典礼、ミサ、黙想と、厨房に入る暇がありません。ですから、修道者の方々も、朝は、このような質素な食事をなさっているのです。それでも、出されるものはすべて自家製。特に、牛乳は、クリームが浮いている濃厚なものです。
朝食の後、しばらく、休憩をして、8時から三時課。その後、8時20分から、集会室で朝の講和。内容は、主に、神学院の授業から、こちらの修道院の典礼に関連したことをお話ししました。
9時から、修道者の方々は、それぞれの作業やお仕事があります。わたくしは、午前中は、フリータイム。前にも書いたように、オルガンの練習をしたり、読書をしたり、はがきを書いたり、一日は、渡島当別の駅まで歩いて往復しました。滞在していた期間、ほとんど、天候に恵まれず、雪の日が多かったので、散歩がほとんどできなかったのは、残念でした。

11時15分、かなり、早い昼食の後、13時10分の九時課が終わると、個人練習を16時30分まで、こなします。一人、20分で、途中、10分の休憩を二回挟みました。個人練習の時間も、修道者の皆さんは、作業やお仕事の時間で、それぞれに作業をやりくりして、参加してくださいました。
個人練習が終わると夕食までの間に、入浴を済ませ、夕食となります。自宅にいるときには、ここで、一杯やるのですが、まだ、この後、練習と二つの時課が待っているので、飲むわけにはいきません。18時40分から、いよいよ、全体の練習です。といっても、約30分なので、こちらとしては、かなり、窮屈なのですが、普段の日課の合間を縫ってのことですから、修道者の皆さんには大変だったと思います。それでも、皆さん、熱心に練習されました。もちろん、すぐに結果が出るわけではありませんが、いくつかの、進展がみられるようになったのは、うれしい限りです。
練習の後は、待っていたように、「晩の祈り」、続いて「寝る前の祈り」。「寝る前の祈り」が終わると、暗闇に照らし出された聖母子像に向かって、全員が立ち、一日の最後の交唱、Salve Regina を歌います。旋律は、シトー会独特のもので、四線譜が、案内のパンフレットにも載っています。こうして、当別の一日が終わり、部屋へ戻って、喉を潤すと、後は、安らかな休息につくのでした。
朝、3時30分、修道者の皆さんと同じ時間に起床。10分で着替え、洗顔を済ませ、聖堂に向かいます。聖堂までは、歩いて30秒。3時45分に最初の時課である「読書」が始まります。当別の場合は、最初に当該日の唱和と唱句のあと、まず、聖書朗読。続いて、二週間ずれての唱和と唱句があり、『毎日の読書』から、その日の朗読が行われます。
修道者の皆さんは、その後、黙想ですが、わたしは、しばし、フリータイム。日によって、読書をしたり、一眠りしたり、まちまちでした。
5時45分から、「朝の祈り」、引き続き、ミサ。ミサが始まる前には、夜が白々と明け始めます。季節によっては、窓から、日の光が差し込むのでしょう。感謝の典礼に入ると、内陣で、修道者の方々と一緒に、祭壇を囲むように招かれました。
ミサが終わる7時15分には、小食堂で朝食の用意がととのっています。と言っても、パンと牛乳、ヨーグルト、ジャム、バター。コーヒーはインスタントコーヒーを自分でいれます。これには理由があります。この時間まで、修道者の方々は、時課の典礼、ミサ、黙想と、厨房に入る暇がありません。ですから、修道者の方々も、朝は、このような質素な食事をなさっているのです。それでも、出されるものはすべて自家製。特に、牛乳は、クリームが浮いている濃厚なものです。
朝食の後、しばらく、休憩をして、8時から三時課。その後、8時20分から、集会室で朝の講和。内容は、主に、神学院の授業から、こちらの修道院の典礼に関連したことをお話ししました。
9時から、修道者の方々は、それぞれの作業やお仕事があります。わたくしは、午前中は、フリータイム。前にも書いたように、オルガンの練習をしたり、読書をしたり、はがきを書いたり、一日は、渡島当別の駅まで歩いて往復しました。滞在していた期間、ほとんど、天候に恵まれず、雪の日が多かったので、散歩がほとんどできなかったのは、残念でした。

11時15分、かなり、早い昼食の後、13時10分の九時課が終わると、個人練習を16時30分まで、こなします。一人、20分で、途中、10分の休憩を二回挟みました。個人練習の時間も、修道者の皆さんは、作業やお仕事の時間で、それぞれに作業をやりくりして、参加してくださいました。
個人練習が終わると夕食までの間に、入浴を済ませ、夕食となります。自宅にいるときには、ここで、一杯やるのですが、まだ、この後、練習と二つの時課が待っているので、飲むわけにはいきません。18時40分から、いよいよ、全体の練習です。といっても、約30分なので、こちらとしては、かなり、窮屈なのですが、普段の日課の合間を縫ってのことですから、修道者の皆さんには大変だったと思います。それでも、皆さん、熱心に練習されました。もちろん、すぐに結果が出るわけではありませんが、いくつかの、進展がみられるようになったのは、うれしい限りです。
練習の後は、待っていたように、「晩の祈り」、続いて「寝る前の祈り」。「寝る前の祈り」が終わると、暗闇に照らし出された聖母子像に向かって、全員が立ち、一日の最後の交唱、Salve Regina を歌います。旋律は、シトー会独特のもので、四線譜が、案内のパンフレットにも載っています。こうして、当別の一日が終わり、部屋へ戻って、喉を潤すと、後は、安らかな休息につくのでした。
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